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切にしながら現代を美しく居住することの価値がまずあるのではなかろうか。大都市圏の乱暴な開発から免れて、昔のたたづまいがよく維持されてきた。かといって過疎の山村や離島でなく大都市への通勤が可能である。家・屋敷も結構で小さな農業も営める。四季の自然の風情にもすぐれている。ここに住みつづけることは悪くない。しかも郊外の一戸建て分譲住宅のような均一標準の住まいではない自然と歴史のアイデンティティがここにあると、人々が考えるようになった。

松浦邸をどうしようといった時に、歴史資料館として、地元も来訪客も集える場にしようという発想が生まれ、いま実現しようとしている。地域の歴史や風物を紹介できるボランティアガイドへの参加希望者が200人以上も応募しておられると聞いた。600戸から200人とは驚くべき熱意である。自らの住んでいる地域を紹介するには、まず自らが知ることであり、知ることは愛することである。

どっと流れこんで目当ての観光対象を確認するタイプの観光客なら、大したものがないと失望して帰るだろう。一方、そこの人々と話したい、風土の生きざまを見たい、まちづくりの交流をしたいといった人びとには、じつに探訪に値するまちであるといえる。

人々はいま、自らの居住環境の魅力を再発見しはじめている。今回のナショナルトラストが委託をうけた調査でも、歴史と自然の探訪、町家と町並み景観の調査や各種のワークショップに子どもたちから老人まで多世代の方々が参加され、楽しく歩き回り語り合うことができた。愛宕山の火祭りの前夜祭として新しい地域づくりの表現として「やいと祭」を楽しく成功させた。「やいと」とは艾を用いる灸のことである。この企画と実行のエネルギーは迫力があり、わたくしたち調査団も参加させていただいて大いに盛り上がった。

1998年2月21日に開いた第6回ワークショップでは、町並みとは、祖先が地域を気遣い誇りにしてきたシンボルだ。町並みとは、単建造物の集積のことでは、まず住民の心のあらわれが基本だという発言が出た。そして、うぐいすや彼岸花や秋虫など住んでみてはじめてわかる暮らしの風情のこと、空き家の管理や利用者探しのこと、近くオープンになる歴史資料館を根城とするガイドマップづくり、散策ルート・写生会・案内板や休憩所・茶屋運営のイメージ、街道部分だけでなく昔からも支えあってきた学区を一体とするまちづくり、などのアイデアなどが語られた。

外の良さばかりに目を向けないで、この地域の内なる良さをもっと見出だそう、との意見に共感がひろがった。高齢者の人たち、そのなかで婦人の方々も目を輝かして話されたので、途中難しい課題はあっても、歴史と自然を伝え活かす地域づくりでがんばっていただけると頼もしくおもった次第である。

柏原からの帰途に、おとなりの醒井の伝統的町並みを見学した。熱心なまちづくりの活動がある。将来は相たづさえて、居住環境タイプの新しい歴史街道としてエントリーすることも期待できる。

個々の道路や橋や建造物は短期間で建設され完成するが、まちづくりは終わりのない持続する活動である。住み人の心遣いや誇りの気持ちが高まり、それがあらゆる環境づくりの機会を通じて具体化され、それらの集りが居住環境を創造するのである。そういう意味で、柏原の人びとが、新しい世紀にむかって一歩踏み出した意義は大きい。

日本ナショナルトラストの今回の調査成果がこれからの活動に活かされるように、またつづいての交流を期待している。

 

三村 浩史

 

 

 

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