う。市場庄ではオオドグチは出入りに常用されるわけではなく、一般的には南側面の脇戸口、勝手口を常用の出入口とし、オオドグチは正月などの年中行事や改まった場合に限って用いられるという。
ミセ
ミセは江戸から明治中期には街道に対して開け放され、商売の場とされていたが、街道交通の衰退に伴って前面に出格子が設けられ、街道との関係はやや隔離的になった。出格子は、現在は開放することがないが、戦前までは祭りの時には格子を外したという。ミセの上手には、ナカノマとともに欅材を使用した作り付けの戸棚がはめ込まれるのが通例であり、オオドグチに対して、目を引きつける効果がある。市場庄の町屋の殆どを占める仕舞屋の場合、ミセはあまり積極的な使い方がないことが多いが、夜間は就寝に当てられる場合もある。
コミセ
コミセは作業場や使用人(市場庄では昭和戦前期には行儀見習いを兼ねた農家子女の使用人が少なくなかった)の部屋となった。コミセの正面の建具はミセと同様に摺り上げ戸から格子への推移を辿っている。コミセを省略してオオドグチを広く取り、南側面に脇戸口を設ける場合もある。その場合、正面の大戸口は改まった来客が使用し、通常は側面の脇戸口を多用する。
ナカノマ
ナカノマには仏壇、戸棚、神棚を備える。仏壇と戸棚はナカノマの上手に南面し、ミセの戸棚と連続して、土間側に対する格式的な表現となっている。神棚は差鴨居に釣られ、南面ないし東面する。ナカノマは実質的な居間として用いられ、客との対応も行われる。しかし、食事はナカノマではなく、土間を隔てたダイドコが使用される。また、各家を回り持ちで組毎に月一回行う百万遍が自家の番になった時は、ナカノマを中心に、ミセ、ザシキの建具を取り払って集まる。
ザシキ
ザシキは改まった接客の場であり、主人夫婦の就寝の場ともなる。他の居室が大引天井と差鴨居を用いるのに対して、ザシキは悼縁天井とし、薄鴨居や狐差鴨居を用いる。また、内法長押も一九世紀中頃には用いられる例が現れ、明治以降は通例となる。
ダイドコ
ダイドコは食事の間であり、ナカノマとともに日常的な居間