具体的には、屋久島では下水道が整備されていない土地で、ゴミ問題は都市と同じような処理の難しさをかかえているわけです。それを従来型のシステムで対応するのではなく、いわば循環型――有機物を還元して利用する、サトウキビなどの残渣類はむしろ有効に利用して副産物として再資源化する、太陽光を燦々と浴びる南の島ですからできるだけ自然のエネルギーを使う島にする、あるいは家畜の糞尿等は島周辺の漁業と関連しますから観光に来られた方の排泄物も地域に循環するなどの対応が求められているのです。そういうプロジェクトが、ゼロ・エミッションという名称のもとに、社会実験として進められています。ゼロ・エミッションとエコ・ツーリズム、エコ・ライフが一体となって進められている場所ではないかと思います。そうしますと、一人ひとりの市民がより環境に配慮した暮らしに変えることが重要です。同時に行政体は、お金の流れ、現在の制度の活用、内外の人や情報の十字路になって適切な方向に誘導してゆく役割が求められます。
最後に重要なのは、事業者の役割です。われわれの社会を変えてゆくうえで、その試みが経済のシステム、市場のシステムと反する方向であれば長続きしません。例えば、さきほどの観光の問題でも、個人個人の観光を推進するしくみを地域の中でのお金の回り方を含めて経済的に支えきれないと、たぶん現在の浪費型のグループ観光から抜け出せにくいだろう。そういう問題と同じで、地域の事業者自らがお金を出しあいながらリスクを分散させ、共同で負担する仕組みをつくらなければいけないという感じがいたします。
私自身、一人のユーザーとして観光を考えてみますと、やはりステレオタイプ化されたパッケージのうえに乗れば楽ですし、経済的でもあります。しかし、そこから得られるものは限界にきているように思います。自分の再発見のための、あるいは訪問先の地域の人たちと心を通わすような旅に出ようとしたとき、いまの仕組みはいろいろな問題を抱えていると思います。端的な例でいいますと、大阪から沖縄までのパックで3日間レンタカー付きがたった100円の割増しというものがあるなかで、公共交通手段のバスに乗りなさいということはありえない。バスの利用と地元のおみやげ屋さんで買物をするときの割引券とがセットになっているようなものを同時に展開しないかぎり、難しいだろうと思うのです。