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るなどということはあまりあり得ない。しかし、チェックするという程度のことはできる。これはマスコミを通じてでもかまわない。立法というプロセスが、ある程度透明化されて、どういう議論があるのかに対して、少々子供じみていますが、チェック項目のようなものをきちんと設けてチェックする。

多くの場合、全くニュートラルな形で立法を行っているというよりは、最初からこうするのだと決めて、その通りにしか書いていない。それをもっていって、後はどううまく言い訳を考えるかというものが、大体の立法なわけです。これをなんとかしたいわけです。議員立法という形で、今、牽制も起きていますけれども、私は法政策学という形で、学問としても研究者がそういうことを提言していかなければいけないと、強く思っております。

次に設置法のことですが、設置法というものは一体何かというと、大蔵省設置法、通産省設置法など、各々の機関をどういう形で設置するかということを規定したものです。最大の問題は、機関に関する法律であるにもかかわらず、実は権限まで書いてあるということなのです。この権限というのは、本来はそこに定めてはいけないのですが、だれもチェックしませんから、書いてしまっているわけです。このことは、行政指導にもつながり、官僚にも、自分たちが指導を行うのは、設置法から引いてきて当然のことだという風潮も生まれるわけです。

今度の省庁再編のプロセスの中で最大のポイントは、設置法を書き直さなければいけないということです。そのときになぜそのように設置法を書くのかというチェックを、社会がすればいいのです。そんなことは、今まで思いもよらなかったことですけれども、今回はチェックするという形で介入するということが、ひとつの方法としてあるのです。

3番の法政策学は、今言いましたように、立法プロセスに向けての学問的整備、つまり、政策プロセスに、法律学者がもっと貢献できることがあるということです。解釈学ばかりに走るのではなくて、政策のプロセスの中で法律はどうあるべきかと、積極的にかかわる試みです。法律というものを0の地点から10の地点まで考えた場合に、法解釈学というのは、5の地点から残りの10までの地点ぐらいしか、いくらがんばったとしても力を発揮しないわけです。なぜかというと、0というのは、まず問題が発生する。その問題を法律にして、何とか立法によって解決しなければいけないという議論が、まず前半の5ぐらいまであるわけです。このプロセスにおいて、法律学者も、場合によって

 

 

 

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