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勢力を与えるようなことは考えないのです。これは残念ながら全くマイナスの方向でしか力が働かない。

次に、簡単に3番と4番にいきますけれども、3番はいささか大きな話になるのですが、日本は法解釈学といって、誰かが作った法律、それは結局行政が作っているのですが、その法律をどう解釈するかが、法学者にとってすべてなのです。立法論という話になった途端、ほとんどの先生が異常な抵抗を示す。あまり考えたことがないのか、それとも立法論というのは大変な作業だから、おいそれと口にすべきではないということなのかわからないのですけれども、とにかく法解釈学でやめることが多い。

私は独占禁止法をやっていますが、独占禁止法はまだ社会の実態に促していて、前へ動こうとしますから、非常に政策的な議論に参加するのですけれども、法学部の風潮からしますと、独占禁止法のような分野は、社会のニーズがいくら高まっても、実はそれは法政策に近いから、主流ではないという扱い方をされるのです。全く亜流だと。まあ、冗談でいじめられる程度なのですけれども、「おたくらの分野は政策論だからね、解釈論をやらないと、やはりあなたは一流にはなれないよ」(笑)という世界なのですね。私は別に笑ってすませているのですけれども、一体どちらが大事なのかと考えた場合には、解釈論は確かに重要である。私も法律の教育を受けてきて、それはその通りだと思います。しかし、法律が政策に関わってくる部分というものを、この社会が忘れすぎているという問題は無視できません。実際には法政策も全て行政が行っていたわけです。われわれは情報も公開されないので、一切それがわからない。

法政策学をやっていて、行政が政治家のフィルターを通して不透明な形で行う立法システムを洗っていくと、立法する際のチェック機能にいかにバイアスがかかっているかがよくわかってきます。その際に気がつく点といえば、情報公開が必要だということになるのですが、こればかり言っていてもきりがないわけです。情報公開に関しては、地方自治体レベルではいろいろと動き始めていますけれども、まだまだ抵抗があります。

今、法政策学というものを立ち上げるプロセスの中で、官僚の立法へのチェックを働かせようではないかということを考えているわけです。官僚の立法へのチェックというのは、政治家の利害関係、既得権益の問題が出てきます。私は立法のプロセスに国民が参加できるなどと大それたことは、あまり考えていません。なぜかというと、どの国に行ったとしても、立法のプロセスなどという難しいものに、国民ひとりひとりが参加す

 

 

 

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