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その例外と定めた法律として「失火の責任に関する法律(明治32年法律第40号)があります。この法律は、1つの条文だけで構成された短いもので、「民法709条の規定は失火の場合にはこれを適用せず、ただし失火者に重大なる過失ありたるときはこの限りにあらず。」と定め、失火者は重大なる過失(重過失)がある場合に限って賠償責任を負い、軽過失(通常の過失)の場合は賠償責任が免除されることを明らかにしています。

したがって、火災を起こし、他人の家屋に類焼させても重大な過失がない限り、失火責任法によって、法的には損害賠償をしなくてもよいことになります(ただし、借家を焼失したような場合は、家主への返還が不能となりますので、別途、民法第415条の「債務不履行による損害賠償責任」を負うことになります。)。

そこで、「重大なる過失」とは何かということが問題となるわけですが、この点について、最高裁は、「通常、一般の人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすればたやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見過ごしたようなほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指す。」(昭和32年7月9日判決)と判示しています。

失火責任法の制定の趣旨は、制定当時、一般民家の木造長屋が多く、一たん火を出すと延焼して大火となり、予想外に大きな損害を生じたこと、失火者自身も財産を焼失しているのに他人に与えた損害まで賠償することは不可能な状態にあったためと説明されています。

しかし、消防用設備等の充実、耐火建築技術の進展、建築基準法令の規制の強化、消防機関における消防力の増強等が図られている現在では、失火者の責任を軽減する合理的な根拠が薄らぎ、いわゆる「もらい火の焼け損」という社会的不条理については、批判が多いようです。

 

ウ 裁判例

(ア) 失火責任法の適用が否定された事例

出火者に重大な過失があったとして失火責任法の適用が否定され、不法行為による損害賠償責任が認められたものの一例としては、次のような事例があります。

?@住宅の建築を請負っていた建設会社の雇人(大工)が、火災警報中であったにもかかわらず漫然とくわえたばこのまま未完成の建物の屋根にあがり、周辺の山林に起こった山火事を見物しているうち、たばこの火を屋根に張ってあったルーヒングと杉皮の上に落としたため燃え広がり同建物と隣接する共同住宅が全焼した事例(名古屋地裁昭和42年8月9日判決)

?Aプロパンガスの販売業者の安易な点検ミスにより、プロパンガス容器のグランドナットの緩みからガスが噴出して火災となった事例(東京地裁昭和43年4月10日判決)

?B東京都内の工場で相当量の揮発性引火性溶剤を使用したため、付近の石油ストーブの火が引火して火災となった事例(東京地裁昭和46年6月29日判決)

?C自転車修理販売業を営む店において、石油ストーブの上方の棚から自転車のチューブがずれてストーブの上に落下したため火災となった事例(東京地裁昭和47年7月18日判決)

?Dアパートで、電気コン口を点火したまま就寝したため、ベッドからずり落ちた毛布に着火し火災となった事例(札幌地裁昭和53年8月22日判決)

?E店舗併用住宅の一部を賃借している主婦が天ぷら油を入れた鍋をガスコンロで加熱したまま放置し、来客の応対をしていたため、天ぷら油に火が入って火災となり、賃借している居住部分を含む住宅が全焼した事例(東京地裁昭和57年3月29日判決)

?Fプロパンガスの販売業者が転倒防止措置をとらずに設置したプロパンガスの容器が転倒し、ホースがはずれてガスが噴出したため引火爆発し、火災となった事例(福岡地裁昭和54年10月9日判決)

?G子供が台所に設置してあるプロパンガスの元栓を自殺の目的で開放し、居室内がガスで充満しているところ、起床した父親がたばこを吸おうとして点火したライターの火がガスに引火して火災となり、賃借建物及び隣接建物が全焼した事例(横浜地裁昭和56年3月26日判決)

(イ) 失火責任法が適用された事例

出火者に重大な過失がないとして失火責任法が適用され、不法行為による損害賠償責任が認められなかったものの一例としては、次のような事例があります。

 

 

 

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