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業務上失火罪は、過って火災を発生させた者がその責任を問われるものであるのに対し、本罪は、火災を発生させた者が誰であれ、人の生命、身体を守るべき業務上の注意義務を有する者がその義務を怠り、その結果として人を死傷させた者が責任を問われるということです。

 

エ 裁判例

消防用設備等の未設置や維持管理の不適、防火・避難施設の不備、避難誘導の不適、防火管理者の未選任、消防計画の未作成、避難訓練等の未実施などの原因により火災時に人を死傷させたものとして、経営者(管理権原者)又は防火管理者が業務上過失致死傷罪の責任を問われた事件としては、ホテルニュージャパン火災刑事事件、川治プリンスホテル火災刑事事件など多くの裁判例があります。その詳細については、別稿にゆずることにします。

 

(6) 消火妨害罪

ア 意義

消火妨害罪は、火災の際に、消火用の物を隠匿し、若しくは損壊し、又はその他の方法により、消火を妨害することによって成立し、1年以上10年以下の懲役に処せられます(刑法第114条)。

「消火用の物」とは、例えば、消防自動車、消防ホース、消火栓、消火器、消火用バケツ、貯水槽などをいい、私有または公有の別を問いません。「隠匿」とは、消火に従事する者の目に触れないようにかくすことをいい、「損壊」とは、物の形状を物理的に変更したり、破壊すること(例えば、放水中のホースに穴をあけるとか切断することなど)又は物の本来の機能(効用)を失わせたり、低下させたりすること(例えば、必要なネジをゆるめることなど)を指します。「その他の方法」とは、消火を妨害するのに十分な一切の方法(例えば、水道をしゃ断することなど)をいい「消火を妨害する」とは、消火を不可能又は困難にするような行為をすることで、現実に消火が妨害されたことを必要としません。しかし、消火妨害罪が成立するためには、妨害行為が「火災の際」という状況のもとで行われることが必要です。したがって、現に火災が発生している場合あるいは少なくともまさに火災が発生しようとしている状況下で妨害がなされなければ本罪は成立しないのです。

なお、火災が発生していないときに火災報知機、消火栓又は貯水施設を損壊したり、撤去した者は、消防法違反として処罰されることになります(消防法39条)。

 

4 火災と民事責任

火災と民事責任というのは、火災をめぐって他人に損害を与えた場合の賠償責任の問題ですが、放火又は失火によって他人に損害を与えた場合、建物などの工作物の設置や保存(維持・管理)の欠陥箇所から出火して他人に損害を与えた場合とか他の原因で出火した際に工作物の設置や保存の欠陥により他人に損害を与えた場合、契約上一定の債務を負っている者がこれを履行できなかった場合や契約により他人の生命・身体や財産を守るべき債務を負っている者がこれを怠り、火災時に他人や相手方に損害を与えた場合の損害賠償責任のほか、未成年者のうち責任能力のない者(責任無能者)が、放火や失火によって他人に損害を加えた場合の親などの賠償責任、被用者(従業員)の失火によって他人に損害を与えた場合の使用者(事業主)の賠償責任、さらには、ガスストーブなどの火気使用器具やテレビなどの電化製品の欠陥により出火した場合の製造者の賠償責任などいろいろのケースがあります。

 

(1) 不法行為による損害賠償責任と失火の責任に関する法律(失火責任法)

ア 不法行為

「不法行為」というのは、故意又は過失によって、他人の権利を侵害すること、つまり違法に他人に損害を加えることですが、ここにいう「過失」は軽過失(通常の過失)でよいと解されています。そして、違法な行為と損害の発生との間に因果関係が認められる場合には、損害を加えた者は、損害を受けた者に損害を賠償する責任が生じます(民法第709条)。これを不法行為責任といいます。

このような不法行為責任の原則からいえば、例えば火災を起こし、そのために他人に損害を加えた場合には、出火者に故意又は過失(軽過失)がある限り、損害賠償責任を負わなければならないはずです。

 

イ 失火責任法

ところが、この不法行為責任については、

 

 

 

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