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庭の主婦や愛煙家などの行為は、ここにいう「業務」には含まれないことになります。

 

イ 裁判例

裁判上、業務上失火責任を問われた行為の一例をあげると、次のとおりです。

?@店員によるアイロンのつけ放しを巡視した夜警員が発見しなかったために火災を発生させた事例(最高裁昭和33年7月25日判決)

?A十分に煙突掃除もしていない公衆浴場の経営者が風勢のはげしい日に釜たきをさせたため多量の火粉が煙突から外部に流散し、付近の住宅にふりかかって火災となった事例(最高裁昭和34年12月25日判決)

?B工場通路上の缶入りアルコールが漏洩し、熱風炉の火源に触れて引火燃焼し、さらにその付近にあった缶入り六硝酸マンニットが誘爆したため、火災となり、多数の死傷者を出した事例。この火災で社長及び工場長が危険物の漏洩に対する引火防止について、業務上の注意に義務を怠ったとして責任を問われています。

?C貨物自動車の運転手がトンネル内を通過中、排気管の熱が、運転席下部の隙間風を防止するために設置していたゴム板に着火して同車が火災となり、同トンネル間を通過中の他の車12台に延焼した事例。この火災で自動車の運転手は、自動車を安全な状態に維持して運行しなければならない義務があり、仮りに排気管の熱による火災の発生した場合には運転を中止して、応急に措置をとる注意義務があったとして責任を問われています(最高裁昭和46年12月2日決定)。

?D浴槽や風呂釜等の販売及び取付業の業務に従事している者が寮の浴槽に石油風呂釜の接続工事を施行中、風呂釜と煙突の接続部がはずれているのに気づいたにもかかわらず、これを放置していたところ、事情を知らない寮生が風呂を焚いたため、接続部のはずれた箇所から熱気がもれて床板等が燃え上がり、火災となった事例(福岡高裁昭和52年9月20日判決)

?Eサウナ浴場に設置されたサウナ風呂には、ヒーターに近接して木製いすが設けられていたが、いすが長時間の加熱により炭化し、着火したため火災となった事例。この事件でサウナ風呂の製作担当者が業務上失火の責任を問われています(最高裁昭和54年11月19日決定)。

 

(5) 業務上過失致死傷罪

ア 意義

業務上過失致死傷罪は、業務上必要な注意を怠り、その結果人を死傷させることによって成立し、5年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金刑に処せられます(刑法第211条)。

「業務」というのは、人が社会生活上の地位に基づき反覆継続して従事する仕事であって、かつ、他人の生命、身体に危害を加えるおそれのある仕事のことです(最高裁昭和33年4月18日判決)。学説(通説)も同じような考え方もとっています。「危害を加えるおそれのある仕事、つまり危険な仕事」とは、?@その人のする仕事が直接危険を作り出す性質のもの、例えば交通についていえば、自動車、電車、船などを運転すること、医療についていえば、医者のする手術や看護婦が医師の指示でする注射など、?Aその人のする仕事が危険を防止する性質のもの、つまり、いつ起きるかも知れない危険を防ぐことが期待される地位にあって仕事をする場合。例えば、旅館・ホテルなどの経営者が火災に備えて、自動火災報知設備、スプリンクラー設備、避難設備などの消防用設備等を設置・維持したり避難階段や防火戸などの避難・防火設備を整備したり、あるいは宿泊客を避難誘導することなどがこれにあたります。火災と業務上過失致死傷罪の問題を考える場合、?Aの意味が重要となってくるのです。

 

イ 注意義務の根拠の有無等

業務上過失致死傷罪は、業務上必要な注意を怠った結果、人を死傷させることによって成立するものであることは、すでに述べたとおりですが、業務上必要な注意義務の根拠について、例えば消防法令などの取締規定が根拠となることが多いのですが、法令上の明文がなくとも条理、社会通念などから当然注意が必要であるとされる場合もあります(最高裁昭和37年2月28日判決)。いずれにしても業務上必要な注意を怠ったことと人の死傷その間には因果関係があることが必要です。

 

ウ 業務上過失致死傷罪と業務上失火罪等との対比

火災にかかわる業務上過失致死傷罪について重要な点は、前述の失火罪、重失火罪及び

 

 

 

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