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なんていう無言の声がそこかしこから伝わってくることがあります。聞いている皆さんの目を見ていればわかることです。

まことに正直な人もいます。イビキをかいて寝ている人やまわりとおしゃべりをしている人です。

いつだったか、会場のいちばん後ろに坐っている人が、わたくしがなにを話しても、それこそ、ニヤニヤ、ニヤニヤ、ニヤニヤ、いつまでたってもニヤニヤ、しかも、時々、横を向いて、横の人にナニゴトかをささやいています。気になったものですから、話を中断し、その人に質問しました。反省材料があったらただちに反省しようと考えたからです。

 

「実は、この会場から、どうやって抜け出して、下の喫茶店でコーヒーを飲もうかと考えているんですよ」

 

と、ニヤニヤして答えるではありませんか。百戦錬磨のはずのわたくしも、これにはまいりました。どう、応答したらいいのかわかりません。めったにアガルことのないわたくしがアガッテしまいました。否定されたのですから。この時ほど、わが身の修業の足りなさを感じたことはありません。でも、他人のせいにはできないのです。用意してきた話をすっかり忘れてしまいました。それでも、なんとか話を続けました。時間のたつことの遅いこと……。会場のまん中に坐っている、わたくしの父をよく知っている人が、哀れみとも侮蔑ともつかない表情で、ジッとこちらを見ています。「2代目は、ダメだな」とでもおっしゃっているかのようです。そうすると、わたくしを講演に呼んでくださった人が、消えていなくなりました。さびしいのなんの。用事があるのでしょうか。それこそ、コーヒーかも知れません。こうなったら、メロメロです。オシッコが出たいどころではありません。それでも、最後まで、あきらめずに話をすすめました。懸命です。余裕などありません。

地獄でホトケ、煉獄で天使とはこのことでしょうか。温厚な顔をした年配の方が、熱心にメモをとりながら、いちいちうなずいてくださるではありませんか。わたくしはホモではありませんが、すぐさまそばに寄っていって、その方に熱いキスをブチューとしたくなりました。

講演が終って、幹部の方々と、昼食を共にすることになりました。席につくと、なんとニヤニヤ氏がわたくしのまん前に坐っているではありませんか。なんだかよくわからなくなってしまいました。

 

終りよければすべてよし!

 

話は、武器こそ使いませんが、実は、戦いなのです。アガッタ時が肝要なのです。この時も、わたくしは、最後まで、態度をくずしませんでした。いったん、話し出したら、絶対にひかないという覚悟をしてみてください。アガッタラ、後ずさりしたくなります。逆です。 一歩も、二歩も、前に足を踏み出してください。たとえ、それまでの話がメロメロでも、最後には、胸をはって、大きな声で

 

「以上です」

 

と、言ってみてください。聞き手は、それまでの話がわからなくとも、なんとなく、わかったような気持になるというものです。「終りよければ、すべてよし!」です。準備不足だったものですからとか、寝不足で、などという言い訳は禁物です。どこまでも堂々としてください。すべてどこまでしても不足です。不足を楽しんでください。あの世に行っても、完璧な話はできないのですから。完全を求めないほうがいいようです。

 

心の声を態度で示そう

 

頭にあることを、ただ口を開けてだせば、それで話になると考えている人がいます。それは、人間の顔に目ん玉が2個あるという事実を忘れた議論です。複数になれば何個でしょうか。

 

 

 

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