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一人で外に出かけることもほとんど無かったが、幸いにも団地の同じ階に同年代の人がいることを知り、その人を訪ねてお茶に誘ってみた。それがきっかけとなって親しくなり、一緒にお茶を飲んだり、買い物や散歩に出かけたりするようになった。

ところが、ある日、その人が突然自宅で倒れて入院し、そのままあっけなく亡くなってしまった。

団地に住む人たちはみな若く、その人が亡くなってからは、昼間は話す人がだれもいない。息子たちは、仕事から帰ってきても疲れていて、ゆっくり話をすることはなかった。孫たちも大きくなり、話しかけると返事はするものの、向こうから話しかけてくることはほとんどなかった。

同居していても自分は孤独だった。でも、嫁はよくやってくれたと思う。忙しいのに朝早く起きてみんなの食事の準備をし、私のために、お昼のおかずをちゃんと用意して仕事に出かけていったのだから…。

毎日、テレビを見ていても、ラジオを聞いていてもつまらない。だんだんうつ状態になって落ち込んでいった。ある日、睡眠薬をたくさん飲んで自殺を図ったが、量が少なくて死ねなかった。病院から家に戻って二ケ月目に、また、睡眠薬を飲んだ。今度は前の二倍の量を飲んだのに、どういうわけか、その日に限って息子がいつもより早く帰ってきたため、救急車で病院に担ぎ込まれて胃の洗浄を受け、一命を取り留めた。

困り果てた息子は、家に一人で置いておくのは危ないといって、病院のケースワーカーに相談し、私は特養ホームに入ることになった。特養ホームに入ることには何の抵抗もなかったが、かといって期待も希望も持っていなかった。とはいえ、ホームの生活に慣れてくると、少しずつみんなと話すようになり、気の合ういい友だちもできてきた。昔の苦労話をしたり、田舎の話をしたり、食べ物の話をしたりする。みんなそれぞれに苦労してきているが、そんな事を少しも感じさせずに明るく生きているのに励まされる」

「寮母のみなさんは、とてもよくしてくれます。孫ぐらいの子供たちが、汚いところをイヤな顔ひとつせずに一生懸命やっているのを見ると、本当、えらいなあと思う。夜勤の寮母がお腹すかしているのではないかと心配になり、時々自分のごはん

 

 

 

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