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ある国が産業化に成功したからといって、自由主義的民主主義の価値観や政治体制が自動的に定着するわけではない。しかし生活水準の向上とともに、民主化・自由化への圧力が国内的に高まることは否定できない。とりわけ情報化が進み、先進民主主義国の生活様式にかんする情報が入手しやすくなっているので、このような圧力は強まる傾向にある。近年の歴史が否定しがたく示しているように、共産主義や権威主義は、シンガポールのように社会の管理が比較的容易な小規模都市国家を除けば、産業社会における政治体制として安定的なものではありえない。これに対して自由主義的民主主義は「良い統治」を必ずしも保証しないが,産業社会では最も安定した政治システム(とくに指導者の選出方法の制度化の点で)である。自由主義的民主主義体制が25年間以上続いた国でそれが崩壊した例は,事実としてこれまで皆無なのである。

産業化の普及は、国際的な経済競争を激化させ、また資源や環境をめぐる対立を引き起こす危険をはらんでいる。しかし同時に後発国の産業化には、先進民主主義国からの投資・技術移転そして先進民主主義国の市場が不可欠であり、また国際的相互依存が深まっている以上、持続的発展を望むかぎりは、先進民主主義国との良好な関係の維持は、後発国にとって極めて重要にならざるをえない。また産業化にともなう負の効果としての環境破壊を是正するのに必要な技術や資本を提供できるのも、先進民主主義国に限られている。後発国では、現在なおナショナリズムが高揚しており、また先発国により植民地化されたり、侵略された経験から、先進民主主義国にたいして不信感と敵意を抱きやすいが、その国際秩序破壊能力は、先進民主主義諸国の間の協力関係が強固である限り、大きく制約されているのである。

 

4. 先進民主主義国の役割

冷戦後の安全保障における先進民主主義国の役割として、第一に挙げなければならないのは、冷戦期に形成され発展した西側同盟を、新しい国際環境に対応するよう必要な修正を加えながらも、今後も堅持し、力のバランスを全体として先進民主主義国に有利な状態に保つことである。田中明彦の表現を借りれば、第二圏(旧ソ連圏諸国や新興諸国、つまり先進民主主義国以外の大部分の国家)にたいする第一圏(先進民主主義諸国)の優位を維持することである。すでに指摘したように、先進民主主義国間には、協力関係の基礎が十分にあり、また先進民主主義国全体としては、他の諸国にたいして依然として圧倒的な軍事力・経済力・技術力を保持しているので、関係諸国の間に協力の意思さえ存続すれば、バランスを有利に維持することは、比較的容易に達成可能である。

 

 

 

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