日本財団 図書館


先進民主主義諸国にとって、より古典的意味での安全保障政策が重要となるのは、第2圏域との関係においてである。すでに述べたように第1圏域内部では、国際紛争が戦争にまで発展する可能性はほとんどない。しかし、第2圏域との関係では必ずしもそうとは言えない。国家間戦争の可能性を追求する国々が、先進民主主義諸国に対して武力に訴えないとは必ずしもいえない。また、第2圏域の諸国同士での戦争が、第1圏域に波及しないともいえない。その意味で、先進民主主義諸国にとって、安全保障問題の大部分は、第2圏域との関係に重点が置かれることになるのである。

その際、第1圏域諸国のとりうる対処方法には、大きくわけて二つの方法が考えられる。第一は、第2圏域を変質させ、第1圏域化すること(新中世化すること)である。「近代圏」の諸国の民主化と市場経済化が十分進めば、そもそも戦争を起こそうとの意図がなくなるからである。第二は、第2圏域からの危険に対して、「近代」の次元で、すなわち軍事力の次元で対処することである。つまり、第2圏域の諸国が第1圏域の諸国を相手に戦争を起こそうとしても勝ち目がないようにしておくのである。

最近のNATO拡大の動きも日米同盟の強化の動きも、どちらも、この枠組みで解釈することが可能である。どちらかといえば、NATO拡大は、民主化・市場経済化をとげた中東欧諸国を第1圏域に取り込み定着させることをねらった動きと解釈できるのに対し、日米同盟の強化は、第2圏域に対する潜在的抑止力を強化することをねらった動きと解釈することができる。もちろん、NATOについても、第2圏域(たとえばリビアやイラン)などからの脅威が考えられるが、これらからの脅威に対処する潜在的抑止力は、NATOの場合は、冷戦下でほぼ十分完備されていると見られるので、いまさら日米ガイドラインなどのような取り決めは必要ない。また、NATOの場合は、ロシアまで含めて、民主化と市場経済化という方向性についてははっきりしている。不確定なのは、これら諸国においてどれだけ民主主義と市場経済が定着するかであって、目標それ自体ではない。したがって、これらの定着のためにNATO拡大が役にたつのであれば、そうするのは不自然でない。もちろん、この論理からすれば、ロシアまでNATOを拡大することもありうる。ロシアの民主化、市場経済化の進展いかんでは、その可能性が全くないわけではない。しかし、現在のロシアを見る限り、やはりこれが第2圏域の国であることは間違いがなく、ただちにNATOがロシアまで含むということはないだろう。エリツィン政権の次の政権が民主的に形成され安定するということになれば、可能性が出てくる。

これに対し、アジアでは、同盟拡大という形にはなっていない。第一に中国や北朝鮮が、政治的民主化を目標とはしていないからである。拡大しようにも相手がいないのである。言うまでもなく、アジア太平洋の同盟のネットワークは、アメリカを結節点(ハブ)として結び付けられた二国間同盟の束である。公式的にはこの面に変化はないが、徐々に、NATO的な多角的同盟への実質的気運は進みつつある。安全保障面における日韓の協力は進みつつあるし、心理的抵抗もかつてほど圧倒的なものではなくなっている。オーストラリアにおいては、米豪日の三国同盟案も言及されることがある。その意味で、アジア太平洋においても、安全保障面での第1圏域の結束(民主主義諸国の団結)という側面が見え始めている。

しかしながら、第1圏域諸国の団結が、第2圏域諸国の敵意を不必要に煽って、さもなければ生じないような軍事対立を引き起こすのは問題である。日米同盟の強化を対中関係の悪化につなげない方法が模索されなければならないのである。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION