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ここでは、政治的経済的自由主義が、制度として成熟した実態を持つにいたっており、グローバリゼーションの果実を得ることがやさしい。国家は、その基本的役割をあまりによく果たしているため、ほとんどその存在が必要ないかのように見える。また市場が成熟した結果、多くの社会的機能は、市場を通して実現するほうが国家を通して実現するよりはるかに効率がよい。また、国家でも市場でもないネットワークとでも称するような結びつきによって果たされる社会的機能も増加している。この圏域内部では、すべての国家が民主主義的でもあり、経済的相互依存も進んでおり、国家間戦争はほとんど考えられない。その意味では、この圏域内部には、古典的な意味での安全保障政策は必要ない。この圏域は「安全保障共同体」を形成しているといえる。この圏域で、安全保障上の問題となりうるのは、自由主義のイデオロギーしか存在しないという「閉塞感」、「多元的重層的アイデンティティ」の生みだす精神不安などから発生するさまざまな問題――麻薬、犯罪、テロなどであろう。

しかし、「新中世圏」との対極には、国家が「相対化」するというよりは、国家が事実上崩壊してしまった部分(第3圏域、あるいは「混沌圏」)が存在する。最低限度の秩序すら存在しないため、市場も機能せず、経済成長は起こらない。国家を軸とした忠誠心は存在しないため、国家が「公的」なものと観念されず、たえず部族やその他の集団の間での大規模暴力が発生する。難民、飢餓、疫病、虐殺が頻発する。自然環境を保護するメカニズムも存在しないため、驚くべき自然破壊が行われる。この圏域内部では、事実上、国家が存在しないため、国家間戦争はありえず、その意味でやはり古典的安全保障問題は存在しない。しかし、人的損害という観点からみた被害は、筆舌に尽くし難い。人類共同体という観点にたつ以上、無視できない問題を提示しているといえる。

この「新中世圏」と「混沌圏」の間に、社会としての秩序は最低限満たされているものの、政治的経済的自由主義が制度としてもイデオロギーとしても十分成熟していない国々が存在する。政治的には民主化を達成したものの、市場経済が十分機能していなかったり、市場経済を追求していても、政治的には権威主義体制を維持したりしている国々である。この圏域(第2圏域あるいは「近代圏」)は、最も「近代」の特徴を強く残している部分であり、国家も市場も十分社会的機能を果たしていないため、かえって国家の役割や、ナショナリズムの役割が強調される。事実として治安が保てないため、治安維持のための国家の役割が強調され、事実として国境保全が困難なため国家の軍事力の意味が強調される。民主制度が機能しない状況では、国家の指導体制を担保する忠誠心はナショナリズムの強調によってしか得られない。国家が武力を行使するのは当然であるとみなされる。したがって国家間戦争の可能性は常に存在する。この圏域内部において国際政治は、パワーポリティックスたらざるをえない。世界の安全保障問題を考え、日本や先進民主主義諸国の果たす役割を考える場合、上記の二つの傾向に着目することが必要である。この枠組みからすると、先進民主主義諸国とは、第1圏域に属する国家であるといってよい。この国々にとって、安全保障問題とは、第1に第1圏域内部の安全をどのように保つかという問題であり、第2に第2圏域との関係をどのようなものとして維持するかという問題であり、第3に、第3圏域にどのように関与するかという問題である。

まず第1圏域内部には、古典的意味での安全保障問題は存在しない。しかし、現代的意味での(あるいは新中世的意味での)安全保障問題は、存在するであろう。テロや犯罪である。この面での先進民主主義諸国同士の協力はきわめて重要である。情報交換のみならず、政策改善のための共同研究などが重要になるであろう。

 

 

 

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