冷戦後の安全保障体制における先進民主主義諸国の役割
-多元的安全保障共同体・同盟関係-
田中明彦
冷戦後の世界の安全保障を考える場合、二つの傾向に着目する必要がある。第一の傾向とは、世界全体としてみた場合のグローバリゼーションの傾向であり、第二の傾向は、そのグローバリゼーションが世界各地にもたらす影響に存在する差異である。いうまでもなくグローバリゼーションとは、交通・通信技術を典型とするさまざまな技術革新を背景にして経済・政治・社会面における相互依存関係が急速に進展していることである。冷戦において西側が勝利を収めた(少なくとも敗北しなかった)のは、西側の政治経済体制を支えたイデオロギーである政治的経済的自由主義が、マルクス・レーニン主義に比べてグローバリゼーションにより適合的だったからである。
世界を見回して、このグローバリゼーションが最も進んだ地域においては、さまざまな新しい現象が出現している。とりわけ国際関係という観点からそのような新しい現象を整理してみると、そこには、
(1) 多様なアクターの出現(国家の相対化)
(2) アクター間の関係の複雑性の増大(多元的重層的権威・忠誠関係)
(3) 政治的経済的自由主義の優越(さまざまな局面でのグローバル・スタンダード)
といった特徴が見られる。これらの特徴が、かつてのヨーロッパ中世と対比可能な側面があるため、筆者はこれは「新しい中世」という傾向と呼んでいる(拙著『新しい「中世」』日本経済新聞社、1996年参照)が、言いたいことは、このような新しい国際政治は、18世紀から19世紀にかけて見られた「近代」の国際政治とはかなり異なるということである。仮に「近代」の国際政治の特徴を同様な観点からまとめてみると、
(1) 一様なアクターの出現(国家の絶対化)
(2) アクター間関係の単純性(国家を中心とした権威・忠誠関係)
(3) 競争的なイデオロギー状況
と整理でき、それぞれの局面で変化が起きている。以上まとめてみると、グローバリゼーションの傾向によって、国際関係は、全体としては「近代」から「新しい中世」の方向に向かっているといえそうである。
しかしながら、この「新しい中世」に向かう動きは、世界中どこででも起こっているわけではない。グローバリゼーションには「むら」がある。この「むら」に着目すると、世界は大きくわけて三つの部分(圏域)にわけることができる。一方の極には、グローバリゼーションが極めて進んだ地域(第1圏域、あるいは新中世圏)がある。