まず、先進民主主義諸国内部の間で安全保障問題が存在するかというと、古典的な意味ではほとんど存在しない。つまり、日本とアメリカの経済摩擦が非常に激しくなっても、これで戦争になるということはほとんど考えられない。今から日本とドイツが軍事同盟を結んでアメリカと戦争する可能性が出てくるということもほとんど考えにくいという状況であります。ただ、全く安全保障問題が存在しないかといえば、恐らく広い意味ではあるかもしれない。例えば、テロ、犯罪、麻薬という新しい意味の安全保障問題は、私が新しい中世といっている部分において、深刻化する可能性はかなりあると思うのです。
この新しい中世と私がいっているものの中には、かなり多元的な忠誠心とか複雑な権威関係、アイデンティティーの複雑性という問題が存在して、この中で人々の心というのは、かなり不安になる可能性がある。その結果、秩序を乱すようなことが起こるかもしれない。これが第1圏域内部の問題だと思います。
ただ、そうはいっても、第1圏域といいましょうか、先進民主主義国にとって最も重要な安全保障問題は第2圏域、いまだに近代的というか、国家中心主義的というか、軍事力を使用することをためらわない国々との間の関係をどう維持するかということだろうと思います。
この第2圏域との関係においては、先進民主主義国は2つの方策を同時にとる必要があると私は思っています。1つは、第2圏域と思われる国々を、できるだけ先進民主主義国と似たような国に変えていってしまうという変質を促す方策であります。もう1つは、今度は逆に、第2圏域の諸国から武力行使を受けたり、第2圏域内部で起こる国家間戦争の余波が及ばないように、こちら側の体制を整えるということであります。
私の見解では、NATOの拡大というのは、どちらかといえば、今いった第1の方策、つまり、これまで先進民主主義国でなかった国々が、民主化したり、市場経済化したりする方向をかなり示しているときに、これを失敗させないで、安定的に先進民主主義国と似たような体制にもっていく。そのための1つの手段としてNATOの拡大というのがあったと思うわけであります。
日米安保共同宣言に至る日米同盟の強化といわれる動きは、どちらかといえば、対応としてみると第2番目の対応、つまり、第2圏域内部の国家間紛争の余波がこちらに及ぶのを防ぐ体制をつくる、あるいは第2圏域からの攻撃を防ぐ体制をつくるという意味だろうと思っております。もちろん、先ほど岡崎大使がおっしゃられた点に関連していえば、日米安保共同宣言の1つの重要な要素は、日米経済摩擦が余りにも方向性のないままに、日米関係を漂流させたという意識を何とかもとに戻すということにあったのは間違いありませんが、もう1つの意味は、やはり東アジアの国際関係で、この国際関係は、私のみるところ、第2圏域と第1圏域の間のフロンティア地域といったような様相をかなり呈しておりますので、そこで日米間の団結を示すという機能があったのだろうと思います。
問題としてみると、一番難しくて、回答が私にも見出し得ないのは、先進民主主義国が果たす、いわゆる混沌国に対する対応ということであります。一体どうしたらいいのかよくわからないというのが私の率直な感想でありまして、これから申し上げることも、ややバンドエイドを張っているというような形でしかいえません。ただ、バンドエイドでも、恐らく何もしないよりはいいのだろうというような感じをもっています。