研究の概要
当財団は、財団法人日本船舶振興会(日本財団)からの補助を受けて「へき地住民の健康増進に関する研究等」の一環として、脳血管障害、血液疾患および悪性腫瘍の発生原因の検索とその早期診断などのテーマの下に調査および基礎研究を行い、難治性疾患の治療等の発展に貢献してきたが、同時に地域、へき地における疾病構造の特徴やその対策に関する研究を行ってきた。さらに、へき地医療関係職員に対する研修事業として、へき地医療に関する各種資料の収集、研修会の実施など、へき地医療関係職員の能力の開発と質の向上を図ってきた。へき地医療の問題を考えるとき、医療の恩恵に浴することが出来る地域の偏在つまり医療システムの供給の不平等な分布と同時に、供給される医療の質的な偏り、いいかえればへき地においては質の高い医療を受けることが必ずしも保証されていないことも注目する必要がある。このため本研究プロジェクトでは、へき地における疾病構造の特性の解明と解決のための方策を探る一方で、最先端の医学、医療に関わる研究開発を行ってきた。
本報告書は平成9年度の研究プロジェクトの成果と研修プログラムの実施状況を取りまとめたものである。研究プロジェクトとしては平成9年度は「へき地医療の実態調査と好発疾患の発生機序に関する研究」のテーマの下に、11の具体的な課題の研究を行った。研究プロジェクトを担当したのは自治医大医科大学の基礎医学、臨床医学、地域医療、総合医療の研究者に加え、地域の第1線で活躍している卒業生であり、その活躍の場は北海道から沖縄に及ぶ広い範囲にわたっている。これを反映して調査活動の対象となる地域も広範囲にわたっている。さらに看護やリハビリテーション、X線撮影などのコメディカルな分野の研究も含まれている。
近年、分子遺伝学や細胞生物学の進歩により、分子レベルや細胞レベルでの病態の解析が可能になっている。本報告書には冠動脈患者の内皮型NOS遺伝子多型の解析、遺伝性感音性難聴の分子遺伝学的研究、T細胞の増殖とアポトーシスに関する研究、好中球アルカリフォスファターゼと細胞生物学的研究などの先端的な研究の報告が含まれる。また、Helicobacter pyloriおよびChlamydia pneumoniae感染の地域性と感染経路の検討やC型肝炎ウイルス高感染地域における肝癌発生に関する研究などは特定の疾病発症の地域性に関する報告がある。へき地における突然死の発生状況とその背景因子に関する研究や漁村における腰痛症の実態調査など比較的ありふれた病気の地域での実態やその発症要因の把握に役立つことが期待される。
また、本報告書の中には、へき地診療所におけるリハビリテーションの現状やX線写真の品質保証に関する報告などコメディカルの立場からの報告、特別養護老人ホームのターミナルケアに関する研究など看護面からの報告も含まれる。単なる医師の立場から見た医療側面ではどうしても偏りを免れることが出来ないので、このようなコメディカルの側面からの検討も重要である。
以上の研究報告は必ずしも完結していないもの、作業仮説の証明に至らなかったもの、情報が不十分なものなど今後に残された課題は多いが、上に述べた地域医療の抱える医療の地理的偏在、質的偏在を解決するための1つの過程として評価していただければ幸いである。
第2部として保険・医療・福祉関係職員に対する研修および地域住民に対する健康問題の啓発活動の実績をまとめたが、紙数の関係で単に項目の羅列に終始せざるを得なかった。本報告書がわが国のへき地における住民の健康管理と保険医療活動の一助になれば幸いである。