日本財団 図書館


この映画には回想場面として太平洋戦争に日本兵として参加して死んでいった台湾人たちの姿がニュース映画の引用を混えて出てくるが、そこにも明らさまな日本批判はなく、むしろ彼ら自身、日本人として共に戦ったのだという意識が表現されているのが意外でもあり日本人として複雑な感慨にとらえられるところである。そこでの『海ゆかば』の吹奏楽の高鳴りには、彼らがかつてはわれわれと生死を共にしようと言った<同胞>だったのだということを有無を言わさず思い起こさせる力がある。

このかつての<同胞>としての台湾人の存在を最も見事に描いた作品のひとつに呉念真の『多桑/父さん』(94)がある。『超級大国民』の主人公たちのような知識層ではなく主人公は無教養な鉱山の鉱夫であるが、万事日本びいきで、子どもたちには自分を日本語で<父さん>と呼ばせている。<多桑>はその当て字である。国民党統治下で日本の中国侵略の歴史を学んでいる子どもたちはこの父親を祖国中国への裏切り者ではないかとさえ思って違和感を持つが、肉親の情でゆるす。そして老いて病んだ父親に、やがて病気が治ったら、彼の生涯の願いだった日本旅行に行こう、となぐさめる。この日本びいきの父親はその望みを果たすことなく死に、後年息子は仕事で日本に行くことになって、母親に言われて位牌を皇居前と富士山の見えるところに持ってゆく。息子自身はなんの感慨もなかったというが父の願いを果たしたことについては何か言い難い感慨があったはずである。

この映画は呉念真自身の父親をモデルにしたもので、息子は殆ど彼自身と見ていいらしい。その彼の父への想いに、いちばん心を揺さぶられるのは台湾人以上に日本人であるはずである。この父親は、たんに植民地時代に日本国籍を持ち、日本語で愛国教育を受けたというだけでなく、そのことを誇りとして意識していたという点で日本人そのものだったのである。もし人間が自由に国籍を選べるものなら彼は日本人になっていたかもしれない。しかし日本は彼を受け容れることができなかった。息子から見れば、古い時代に執着したまま新しい時代には生きられなかった憐れな父であろうが、日本人から見れば、いわば外地に置き去りにしてしまった<同胞>なのである。やはり憐れに思うが、日本人としては彼の日本への愛が植民地教育による不自然な条件の上に成り立っていたことと、そのためにそれが全うされないものだったことに、今更言っても仕方のないことながら、やはりいささか、胸をかきむしられるような責任を感じるのである。

それほどまでに日本を愛してくれた台湾人がいたことは日本人として率直に嬉しい。しかしそういう台湾人が息子たちの批判のまとであったという現実もこの映画はつきつけてくる。台湾には意外なほどに親日的な気風があり、それは日本人として本当に嬉しいのだが、しかし同時にそこには日本に対する激しい批判や反撥もあるということは、この作品だけでなく他の映画にもよく描かれている。

黄春明の有名な小説の映画化である『さよなら、再見』(85)(葉金勝監督)は、日本人の買春ツアーの一行を主な登場人物にしている。それだけにこの映画では日本語がじつにふんだんに話される。そしてこの映画くらい、台湾人にとっての日本語のもつ意味の複雑な含蓄を表現した作品もまたとないと思う。その意味で日本人必見と言いたい。

この映画の主人公は、なまじ日本語ができるために社用で故郷の温泉街に日本人の買春ツアーのご一行を案内しないわけにはゆかなくなった台北の商社マンである。故郷に錦を飾るどころかポン引きとなって帰る。その故郷は彼がかつて小学校の教師をしていたところである。じつに恥ずかしい。会社の大事な客である日本人の中小企業主らしいご一行は、いずれもごくごく善良そうな人たちなのに、臆面もなく<千人斬りクラブ>などと称している。かつて中国の戦場などで盛んに強姦などやったが、まだ千人は犯していないから、アジアの買春ツアーで続きを果たしたいという意味である。そんな日本人どもの日本語によるエロ話のおつきあいなど主人公にとって屈辱以外の何ものでもないが、これも仕事とあいまいな愛想笑いで受け流さざるを得ない。ところが故郷の旅館に着くと、息子が日本人の一行を案内してきたということを喜んで父親が歓迎にやってくる。前述の『多桑/父さん』の場面同様、主人公は中国復帰後の国民党による教育を受けているから日本に対して批判的な意識を持っているが、父親は日本統治下の教育を受けていて日本がむしろ懐かしいのである。人の好さそうな父親は日本人の一団と一緒になって日本語を使って大いに浮かれる。以下、会話部分は古い記憶による要約だが、当然の成り行きで日本人のひとりが「お父さんの日本語はお上手ですね」と誉めると、父親はなんの皮肉もなしにこう言う。「私たちがどうやって日本語を習ったか分かりますか」と。画面は回想になって、植民地時代の小学

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION