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第1章 稲作水系の水生昆虫群集

 

第1節 休耕田を利用して造成したため池における水生昆虫群集の時間的推移

 

近年、水生昆虫の危機が叫ばれて久しい(八木,1996)。「日本の絶滅のおそれのある野生生物―無脊椎動物編」(環境庁,1991)には207種の昆虫が選定されているが、その中で絶滅危惧種と危急種を合わせた38種のうち18種が、湿地・池沼・河川・海岸などのいわゆるウェットランド(湿地)に生息するものである。このことは、わが国の水辺環境の量と質が特に衰退していることを表している(市川,1996)。湿地などの水辺環境の多くは森林などと違い、一度失われると二度と元にはもどらない。したがって、水が枯れる、水がよごれる、土砂で埋められるなどの事態がおこれば、それで永久に失われるが、実際このようにして多くの湿地が急激に減少している(石井他,1993)。

こうした湿地の減少により、各地の水生昆虫の多様性が失われていくなかで、ため池、水路、水田などからなる伝統的な稲作水系が、タガメやゲンゴロウなどの止水性昆虫の生息場所として注目され始めている(守山,1997)。もちろん、こうした稲作水系に多く見られた水生昆虫も、近年、水田そのものの消失や圃場基盤整備、あるいは農薬・生活排水などにより水質が汚染・汚濁し、減少を続けている。また、農家の後継者不足また農業の機械化にともない、山間の棚田は放置されている。放置された棚田は、かつては農薬が使われていたとしても後背地から常に新鮮な水が流入するため、立地によってはよい水生昆虫の生息場所となっていたが、その多くは遷移が進み、乾燥した荒れ地に姿をかえたり、ブッシュ化が進んでいる(市川,1996)。

減少を続ける水生昆虫を守る一つの方法として放棄された棚田の利用が考えられる。休耕田に水を引き、一部を深く掘り下げれば、容易に水生昆虫の生活できる環境を作ることができるかもしれない(市川,1996)。そこで、本研究では、山間部の棚田最上部の休耕田を利用して浅いため池を造成し、水生昆虫の種数や個体数の推移を継続的に調査し、造成後のため池における水生昆虫群集の変遷の過程を明らかにすることを目的として行った。

 

 

 

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