で手軽にカヌーイングを楽しめる。
開所以来,中・高校生対象の集団宿泊研修や新入社員研修などを中心に受け入れているが,各団体の自主性を重んじ「ゆとり」の中でリフレッシュ的機能を果たして,堅苦しいイメージが払拭されつつある。
■ 学社融合の視点
生涯学習審議会答申「地域における生涯学習機会の充実方策について」は「学社融合」の理念に立った事業の展開を提言し,その必要性を説いている。
筑波大学の山本恒夫教授によると「学社融合とは,学校教育と社会教育がそれぞれの役割分担を前提とした上で,そこから一歩進んでそれぞれの要素が部分的に重なり合いながら一体となって青少年の教育に取り組んでいこうする考え方」と定義している。
連携の枠を超え学社の教育分野の教育効果を最大限に高め,今日的教育課題に応える体制づくりが不可欠になっているのである。
しかし,現状はどうであろうか。学校教育は,江戸時代の寺子屋・私塾をはじめ明治5年の学制発布から揺るぎない位置を占めている。学習指導要領などの法的拘束力をもつ細分化した内容を統計的・系統的に子ども達に指導するシステムは,世界に誇れる日本の優れた一面といえる。
だが,反面その内容の細分化故に,ゆとりがなく窮屈で知識偏重主義の傾向が見られる。
一方,家庭教育はどうであろうか。高校・大学への進学率は世界のトップクラス,我が子を少しでも有名大学へという学歴偏重主義に陥り,本来,子どもに身につけさせなくてはならない,しつけや思いやりなど人としての生き方を育む教育ができにくい状況にある。また,ライフスタイルや価値観の多様化,個人主義,社会のめまぐるしい変容なども家庭での教育機能の停滞を招き,学校教育にその責任を肩代りしてもらうような非常識な考えまで,登場している。
社会教育は,儒教の考えを中心に日本人の美徳といわれた社会風土を形成していたが,社会の変容とともにその機能も果たせなくなっている。
以前はソーシャルアンクル(地域のおじさん)がいたるところに存在し,子ども達に善悪や社会の価値観を教えてきたが,今では我関せず,見て見ぬ振りをする大人が多くなっている。物騒な時世である面,仕方ないかもしれないが,無関心による自己防衛的態度(例えば,電車の中で困っている人がいても助けようとしないなど)は,憂うべき現実である。社会教育も同様に,機能がかなり低下しているのである。
学社融合の理念は,そもそも社会教育の立場から生まれてきたもので,学校教育の現場にはまだまだ浸透していない。社会教育に携わる者は,真摯に現状を把握し固定観念を捨て,自己の意識改革に努めることから出発しなくてはいけない。様々な状況を考慮したり,背景に配慮しながら,社会教育の立場から学校教育へのア