全体を通して,上記のさまざまな症状が出てくるような状況に追い込んでいるといえる。これらが「生きる力」ということをこれからの教育の在り方として重視していかなければならない,ひとつの背景であると思うのである。
2 「生きる力」をとらえる視点
「生きる力」については,人によってさまざまなとらえ方があり,主張がなされる。
ある人は,「生きる力」は,知・徳・体のバランスのある発達を遂げていることではないかと主張している。
今の子どもたちは,特に体の面についてアンバランスな発達が見られる。体位は良くなったけれども体力がない。そこに生活習慣がもたらす慢性病の影もあることを考えると子どもたちの将来が危惧される。これまであまりに知の面に偏りすぎたのではないか。いかにして早く沢山の知識を記憶するか。大学受験に出そうな知識だけを暗記するという知識偏重の教育,それが本当の意味の知性の獲得であろうかということが問われているのである。
徳育の面や健康の面がなおざりにされているのではないかという反省もあり,そういうことを子どもたちの学校生活・家庭生活・地域生活の中で見直し,教育として考え直していこうというのが「生きる力」をとらえる視点である。
中教審としては,多様な考え方を集約して,3つのことを「生きる力」として強調している。
第1は,社会が激しく変化していく中で,いつでも自分の頭で物事を考え,自分で課題を発見し,取り組んだ課題を最後まで全力で,熱中して取り組むということである。端的に云えば,主体的思考力と課題解決能力である。これは知的側面ということができるが,その知的な力は,これまでのような受け身の受信型のものではなく,発信型の知的な力である。これは,新しい意味での知性であり,創造的知性である。
第2は,自律を図りながら,他人と協調する。他人を思いやることができる。人の心の痛みが分かる。物事や人の心の美しさに感動するなど,広い意味での豊かな人間性である。
知的な力は,豊かな人間性に支えられていることがだいじである。しかも,友達と協力しながら互いの考えをぶっつけ合い,話し合う中で協調性がはぐくまれていくことが大切なのである。
今の子どもたちは,社会性が不足しているといわれる。人間関係を結ぶ力の不足,倫理観,正義感,公正な感覚などの社会性が不足している。
よい行いに感銘し,間違った行いを憎むといった正義感,生命を大切にし,人権を尊重する基本的な倫理観,ボランティアなど社会に貢献する精神などを「生きる力」として子どもたちに培っていくことがだいじである。これらを総じて「心の健康」の問題だといってもよい。
「生きる力」は,第3に,健康と体力の問題である。健康と体力が上記の2つの資質を支えるものとして決定的にだいじであることは,いうまでもない。
3 学校パラダイムの転換と「ゆとり」の実現
子どもたちに「生きる力」をはぐくむためには,子どもたちにとって学校とは何かという学校観の問い直しが必要である。とりわけ,偏差値を中心とする学校観から,個性値・人間値を中心とする新しい学校観へ,また,一人ひとりの子どもの自己実現を図る場としての学校観へ