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ところが、東北地方の方、そして関西の方、北海道から沖縄までそれぞれの地域で塩梅が違いますよね。ところが名人がつくると、不思議なことに塩は余り関係なくなっちゃうんです。旨いものは旨いんですよね。これはどうしてでしょう。

そこで出汁が出てくるんです。「料理の鉄人」というのはごらんいただいたことはございますか?あの中で道場六三郎が「命のだし」といって、花咲じじいのようにかつおぶしを鍋の中へ入れまして出汁をとるんですけれども、あの出汁、コップ1杯、原価でいうと600円かかっているんです。これは日本中の有名料亭でもあそこまではやっていません。

ということは、あのぐらいの味を飲んだことのある、作ったことのある料理人がいないということです。一般に、お店では600円、800円出汁にかけられないんです。ですから、30円ぐらいとか50円でやっているわけですから、これは一度でもいいから、こういうものを味わった上で、それに30円しかかけられないんだったら、かけられないなりに600円に近づける努力をするのが技術なんですけれども、9割以上の料理人はやろうともしませんね。僕なんかひっぱたいてやりたいぐらいのものでして、これは西洋も日本も中華も含めてなんですけれども、勉強していない料理人が非常に多過ぎます。そこで何とかしなければと思い、僕は料理人の会があるたびに話すんですね。するとみんなの目が鋭くなりましてね。すかさず僕は「きょうは防弾チョッキを着ていますから」と、こう言ってやるんです。後でけさがけでもされたら困るなと、ピストルでも撃たれたら困るものですから言うんですが、そのぐらい僕は、ほんの一握りの人しか本気でやっていないような気がしますね。ですから、ちょっと本気を出せば、みんなよくなると思うんです。本当に残念なことです。

さあ、そこで出汁なんですけれども、かつおぶし、これはイノシン酸という旨味があるんです。昆布はグルタミン酸なんですね。それぞれをなめるてみると、1対1のうまみなんですが、合わせますと、何と6.5倍から、ある場合は9倍までうまみが相乗効果でドーンと爆発するんですね。こういったことを知りながら組み合わせていくというのが非常に重要なことになります。

そして、塩梅ですけれども、我々の血液の中には0.9%の塩分(塩化ナトリウム)があるんです。これがリンゲル液(生理食塩水)ですね。

そこで、どのくらいが一番お吸い物にした場合の塩梅の基準が0.9%なんです。ところがこの頃は減塩の人も増えて、濃いという人がふえました。0.6だとか0.7ところが、やっぱり地域差がありまして、1.3ぐらいでないと感じないという人もいるわけですよ。そこで、少ない塩分でも、先ほど申しました濃いだしをとってつくりますと、ほとんど塩分は必要ないぐらいの奥行きのある味になるわけですね。

これは西洋料理も同じです。西洋の場合、スープにするのはブイヨンと言うんですね。それをさらに作り込むとコンソメになるんですけれども、しかし、ソースのもとになるものをフォンと言うんです。フォン・ド・ボーというのをお聞きになられたことがあると思うんですが、これは子牛のだしです。ボーというのは子牛ですから。フォン・ド・ボライュというのもあるんです。これは鳥のだしです。そしてフォン・ド・キャナールというとカモのだしです。皆さん、召し上がることは余りないと思いますが、シカなんかはフォン・ド・シブライユと言うんですけれども、本来であれば、それぞれのフォンをつくるべきなんですが、採算ベースに合わないから、他のフォンは使用されず、やはり99.9%のお店がフォン・ド・ボーしか使用していません。

例えば鳥を食べたいときは、フォン・ド・ボライユでやると、味がウワーっとおいしくなるんですけれども、作る手間をはぶいてフォン・ド・ボーで、やっているのが現状です。

さあ、こういったことを知っている料理人がもう少なくなりましたね。なぜかと言えば、弟子に入ったときに、もう既にフォン・ド・ボーだけでやられているわけですから伝承がないわけですよね。そんなことですから、どんどん味も低下していくような気がします。

 

 

 

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