そして、思い出していただきたいんですが、この舌、味蕾というのがパーツに分かれているんですね。先端とわきと奥。先端は何味でしたか。今、小学校の教科書に載っていますよ。「甘さ」とね。実はこれは間違いなんです。
これは最近わかったことなんですけれども、今から360年前に、オランダの医学書から日本の医者が孫引きしたのがいまだに使われているんですね。最近わかってきたのは、パーツの部分の中は、甘い、酸っぱい、苦い、しょっぱいは一緒になっていて全部あるんです。そして上あごにも味蕾があるというのがわかってきました。
私も以前から、物を食べると上でも感じていたものですから、いや、上あごに味蕾があるんじゃないのかなと言ったら、笑われちゃいまして、おまえ、食いしん坊だからだと。ところが、上あごに10%から15%の味蕾があるというのがわかってきたのです。
この発見は、耳鼻咽喉科のお医者さんが鼻など手術をするんですね。そのときに、手術後、味のわからない人でしたので研究したところ、味覚神経を切っちゃったんですね。上から2本、下から4本、これが味覚神経なんです。ぷつんと切ると、味がわからないというわけです。ですから、上あごにも味蕾があったというわけです。
召し上がり方ですけれども、一日入れます。まず熱いか冷たいか、そしてかたいかやわらかいか、順番があるわけですね。そして、よくテレビのレポーターが、口ヘ入れた途端に「おいしい」とか言いますよね。あれは絶対あり得ないことなんです。なぜあり得ないかといいますと、まずこの先端の部分では、ああ、酸っぱいな、甘いな、しょっぱいなという分類を別々にやっているんですよ。ですから一緒の総合的な味わいはまだその時点ではわからないんです。次に上あごに舌でなすりつけ、さらに奥におくりこんでゆくんです。そしてこの舌の根元、ここが味蕾が50%以上あるところです。ここに達したときに、その味の正体が一どきに全部つかめるんです。それは舌の根元、のど越しに来たときなんですね。そして、あっと言った途端にぽとんと落ちて味がわからなくなっちゃうんです。ですから、この瞬間まで味というのがどこまでおわかりになるかというのは、きょうこれから、昼飯の研修じゃありませんけれども、おありになると思いますから、ぜひ一度意識して召し上がってみてください。分析するのにかなり時間のかかるものなんですね。
我々は入ってきた学生に、蒸留水1リッターに対して1グラムの塩、砂糖、そしてグルタミン酸ソーダ、お酢、しょうゆ、などそういったものをいれたやつを5本とか、あるときは10本用意するんです。たばこを吸っている方にこれをまずやらせますと、大体1〜2割しか当たりません。たばこを吸わない人は、うまくいけば全部ですけれども、当たるのがまず8割ぐらいですね。そして、たばこ嫌いの方に吸わせますと、何と1割しか当たりません。
たばこは、舌を麻痺させます。ふだんたばこを吸っている方は、もうそれが味を検出するときの大もとですから、余り気にされていないようですけれども、僕は料理人にもたばこを吸うなと言うんですけれども、吸っている外国のシェフがこの前来ましたよ。その時、葉巻をすぱすぱ吸っているんです。それで三つ星のシェフなんですから。「こんなにたばこを吸っていて、よく三つ星を取れましたね」と。「いやあ、たばこを吸うお客も多いもので、それに合わせたんだよ」とへ理屈を言っていましたけれども。ただ、そのぐらい舌というのは麻痺しますね。そんなことで、舌をやっぱり大事にしていただきたいということです。
さて、食べ物というのはすごくおいしいものをつくるのは実に簡単なんです。極意があるんですよ。これさえ知ってしまえば、ほかに必要ないというぐらい簡単なんです。きょうお帰りになられたら、奥様にもこれをお伝えいただきたいんですが、方程式は塩梅と出汁しかないんです。「あんばい」というのは「塩梅」と書きます。みそ、しょうゆがまだなかった昔というのは塩で味つけしていましたね。それに梅というのは何かというと、梅干しをお湯に溶かして、それを使っていました。これが調味料だったんです。その名残があんばいなんですね。耳かき1杯塩が多いか少ないか、これで決まります。皆様は塩を入れない料理を召し上がったことはございますでしょうか。よっぽど高血圧症だとか腎臓が悪いとかいう方は別ですけれども、塩を入れなかったら、料理というのは成り立たないんですよ。このあんばいで大体旨いかまずいか決まるというぐらいですね。