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はいけないし、 トイレやシャワーは好きな時間に入れるように、たくさん数を用意しなくてはいけない。また、労働機会を保障しなければいけないし、経済的保障も用意しなければならない。また強制的な療法は拒否すべきものだ。このことはこの改革の、「自由こそ治療だ」というスローガンに表現されている。そしてスタッフが主人であり、患者が奴隷である関係性自体が崩壊することは、スタッフ自身も支配者の位置から解放されていく。つまり精神病院という監禁システムの解体である。

だがこれだけでは終わらない。最後のステップは精神病院を地域へと開いていくことである。バザーリアの思想はここでも非常にユニークだ。これまで精神病院は地域から隔離された孤島であった。しかしこんどは地域の偏見を打破するための拠点として活躍すべきなのである。まず彼らは一般市民を病院の中にたくさん導き入れる。それは病院が医師や看護婦など医療専門家によって管理されなければならないという医療イデオロギーの否定である。例えば、詩人や彫刻家などの芸術家を滞在させたり、たくさんの若い人々がしろうとの集団として病院に押しかける。彼らにとっては、病院の中で過ごすということが豊かな体験であり機会であったという。病院の中に彼らがいることによって、病院の単調さは壊される。彼らの新しい活動や自発性、または運動や生き生きとした生活、彼らの若さを運んできた。彼らのうちのある者は、ギターを弾き、ある者は患者たちに字を書いたり、簡単な計算を教えたり、また、他の人々はリハビリテーションのために体育の時間を作ったり、さらに別の人は、老齢者やかなり退行した人々を連れて公園に散歩に出かけたり、街や映画館や店や親戚のうちに連れていったりしたという。また、ある人は、危機をまさに通り抜けている最中の患者さんと一緒に一日中すごした。こうして、これまで精神医学が独占していたことが、しろうとによって取って代られる。彼らは有名な張りぼてのトロイの木馬を作って、若者たちと一緒にそれを引いて市内をねり歩いた。これは精神病院解体と地域の文化の変革の象徴であった。こうして精神病院の中にまわりの地域社会を引きずり込んでいく戦略が成功する。精神病院の中にまわりの地域の人たちが入ってくると、精神病に対する偏見は崩れはじめ、一般の人々もまた日常生活のなかにある人を特殊な人とみなすことをやめるようになる。

バザーリアの目的は、隔離収容型社会全体を解体することだったと言えるだろう。精神病院や身体障害者の収容施設に通例している論理は一体何だろうか。それは援助を必要とする者を、日常生活から排除し、ある一定の収容機関に隔離し、そこで「適切な行動」を被収容者に調教するという「飼い慣らし=しつけというサディスト的支配である。そして隔離収容主義は、社会のあるカテゴリーにあてはまる成員(たとえば、子ども、老人、障害者)を、価値の低い特殊な者とみなすことによって、それに保護や医療を与えるという名目のもとに、彼らを隔離し、管理する「社会的特殊(マージナル)化」の運動と一体をなしている。これは日常生活においては、さまざまな援助を必要とする人たちを「やっかいな」「トラブルを生み出す」ものとして捉え、その人たちとはできるだけ関わりをもたずに、専門家や専門家の運営する収容施設にまかせようという態度を作り出す。こうしてさまざまな問題は自分とは関わりのないことになり、最終的には専門家によるおせっかいな管理を許してしまうことにつながっていく。

 

?. 専門家の支配をうち破るために

これまでの医療専門家中心の社会は、障害を個人の問題として捉え、障害の治癒が「社会復帰」の唯一の手段であると考えがちだった。しかしこの「医療モデル」が多くの長期入院者を生んだことを考えれば現在ではこれにかわるモデルが必要であることは明かだろう。それは社会モデル、あるいはリハビリテーション・モデルと呼ばれているものである。

医療モデルは障害を「治癒」したり、無くしたりすることに最も高い価値を置いてきたが、社会モデルは障害を個人に属するものとは捉えない。むしろ、障害に肯定した上で、障害があってもそれが障害者の日常生活の遂行に支障にならないように、社会的設備を配置したり、人々の支援組織を整えていこうと

 

 

 

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