日本財団 図書館


取り外してしまったらどうなるだろうか? そうなると刑務所と精神病院はまったく同じものになるかというと、そうではないという。つまり、刑務所は何か犯罪を犯したために拘禁される場所である。ところが、精神病院に入る患者の多くはまだ犯罪を犯していない。ではなぜ病者は拘禁されているのかといえば、彼らは犯罪者と違って「現実になされた犯罪」によってではなく、「彼らが犯すかもしれない幻の犯罪によって拘禁されているのである。つまり病院精神医療が正当化されるのは、結局は病者に危険性を過剰に読み取ることにある。

この認識に至りついたバザーリアたちは、病院改革に乗り出す。最初はイギリスの「治療共同体」に学びながら病院「解放」を実践に移す。この「解放」は病院運営の点で二つの改革を伴っていた。一つはこれまで作業療法とされていた病院内労働を廃止して、それを賃金労働にした。厨房での労働、建物のメンテナンス、農場での労働などに、できるだけ外の社会と全く同じ賃金を支払うようにしたという。外の労動の実態と類似した労働に携わることで、患者たちは外部の労働者と自分たちとを同一視できるようになり、その過程で、労働能力の違いなどの問題が議論され、現在の「コオパラティーヴァ」に見られるよう非搾取的労働形態が模索されたという。

 

もう一つの運営面での改革は、治療共同体のミーティングを取り入れた独自の「アッセンブレア」とい集会を毎日開いたことだ。しかしその内容は治療共同体のそれとは全くといっていいほど異なり、スタッフや患者全員が平等の発言権を持つのではなく、長い間沈黙を強いられてきた患者たちこそが、表現の機会を持つための場所だったという。誰も参加を強制されないこの「アッセンブレア」において、患者たちは特に怒りを、時には混乱した思考を表現することができた。だから、アッセンブレアは、いつも混乱していて、だれもそれをコントロールするものはおらず、敵意が面と向かって表現され、暴力も起こり、オスといってよい状況だったようだ。しかしこれを通して、今までは個人的問題とみなされていたこと楽団の問題として認識されていく。

 

例えば、アッセンブレアに出るたびに「電気ショックをしてくれ」と訴える患者がいた。アッセンブレアの話し合いの中で、この訴えはつぎのように理解されていった。つまり、誰でも一度ならずとも、なぜ自分が精神病院に監禁されているのかその説明をもとめたことがあるはずだ。監禁という生活状態が眼前ある以上、自分たちが何かの違反をしたに違いない。だから自分は罰せられるべきなのだ。これが「電気ショック」を求める患者の心理なのだ。こうして、刑務所としての精神病院の姿が大勢の前で欺瞞として暴きだされ、患者たちの怒りは爆発した。こうして、その後アッセンブリアは、常識としろうとの判断にしたがって患者の入退院、就職、家族関係の調整などを決定する場所になっていったという。これは最後に述べることになる、専門家による支配の否定としろうとの復権につながっていく。

 

ベザーリアはそのつぎに精神病院によって奪われた自由と自己決定権を再獲得する道を模索していく。これは精神病院によって強制された自己アイデンティティを脱ぎ去って、一人一人が独自のアイデンティティを確保する「アイデンティティの政治闘争」であった。彼が本格的な病院解体に取りかかったトリエテのサンジョバンニ病院では、最初に病棟からいっさいの鍵をとりはずした。それから、病室にさまざな家具を取り付ける。しかもそれを居心地のよい家庭のような現実を作り出すように配置していく。どの患者もあらゆる私物を制限されないように、そして男性も女性も自分の好きな服や着替えができるようしていく。美容院と床屋をつくり、患者が自分の容貌に気を使い、自分自身のケアをする環境を作ってく。これによってどういうことが起こったかというと、精神病院によって長年奪われたままになってい自己イメージや自尊心を再獲得するための準備ができてくる。今までは、施設の目的が患者の要求より優先されていたが、それを徹底的に解体していく。あらゆることを患者のニーズに従属するものに組みえていく。「病院の主体はスタッフではなくて、実は患者なんだ。」これは、非常にあたりまえのことが、いままではなされてこなかった。例えば、食事が非常にまずかったら、おいしいものに変えなくて

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION