組み立てられているのである。
ここで身体障害者の解放運動から明らかになったことを、まとめてみよう。まず障害や病気に対する偏見とは、そもそも障害や病気をマイナスのものとして価値付けすることから生じるものである。そして、障害や病気を否定することによって、一般社会の規範に合わせようとするところに、障害や病気を「特殊化」し、一般社会から隔絶した「施設」へ隔離収容する論理が出現する。そして隔離収容社会は、そこで障害や病気を更生したり治療したりする専門家の支配を生み出していくのであった。こう考えると、障害や病気に対する偏見は、隔離収容型社会にうまく適応した必要物であることがわかる。偏見がなければ、隔離収容も生まれないし、逆に隔離収容があるから偏見も維持されていく。ここから導かれる偏見打破の戦略は、二つの道をとることになるだろう。つまりーつは私たちの偏見という個別的な意識を変革すること。もう一つは隔離収容型の社会を制度的に変革することである。第一の道は私たちに浸透した常識となっている偏見を乗り越えることである。それは障害を「危険なもの、恐ろしいもの」と否定的に見るのではなく、障害を肯定し、受け入れることである。これは私たち自身のアイデンティティにかかわってくる。自分が社会の規範にあてはまっているか不安になるのではなく、自分の生き方をまるごと承認し、社会の規範自体を疑ってみる態度である。第二の道は施設収容という手段を徐々に放棄する制度変革を行っていくことである。それは同時に、専門家による支配をゆるめていくような組織改革や制度改革も含まれている。まず最初に施設としての精神病院の問題について、つぎの節で触れることにしよう。
?. 全制的施設としての精神病院
隔離収容型社会を再生産している大きな制度として「施設」がある。特に精神病院は「施設症」を生み出すものとして、ウィングとブラウンという研究者たちによって詳細な研究がなされているが、それは問題のごく一部にすぎない。彼らの『施設症と分裂症』(邦訳なし)の結論が述べているように、「(施設を)去ることに無頓着になることが施設症の核心である。しかも私たちはこれがほとんどの施設で、特に身体障害者や知恵遅れなど施設の影響に比較的無防備なグループにおいて発達すると」考えられるという。つまり、施設症は何も精神病院に限った現象ではなく、あらゆる閉鎖的で拘禁的な施設において発生する現象なのである。したがって精神病院における施設症は原則的に他の施設において発達する状況となんら変わらないものとして考えなければならない。
こうして隔離収容型社会がなぜ「施設」を必要としてきたのか、もう一度考え直す必要がでてくる。社会学者ゴッフマンは一定程度の集団を長期間にわたって外部から隔離し、被収容者の日常生活を一様に管理する施設を「全制的施設」と呼んだ。このような「全制的施設」は驚くほど互いに似通った習慣を発展させていく。すなわち、スタッフと被収容者の視点は根本的にまったく異なっており、互いを狭く、敵対的なステレオタイプを通して眺めるようになる。スタッフと被収容者の間には大きな社会的距離があり、相互に行き来することはほとんどない。入退院についての決定は権力を持つものによってなされ、病者個人はそれについてほとんど発言権を持たない。施設の外部とのコンタクトは厳格に制限されていて、外出したりすること自体がひとつの特権と見なされている。被収容者はひとつの場所で眠り、遊び、そして働き、全体を見渡す合理的な計画がすべての行為を指導している。たとえば、いつ被収容者が爪を切ったり、入浴したりするかといったきわめて細かなことでさえ当人に対して強制されいる。社会的経験は画一化された単調なものに還元される。被収容者はもはや父親や、雇用者や、顧客や、さまざまな専門的集団の一員として見なされることがなくなり、日常的な社会的役割を演ずることは、病院や施設内ではもはや演じられないことで死滅してしまう。被収容者はバスに乗ることも、お金を使うことも、食べ物や服を選んだりするといった慣習的行動もできなくなる。こうして外の世界との関係は最小限にまで減少してしまう。
ゴッフマンの描いた全制的施設は、権威主義的で、拘禁的で、被収容者を弱者へと転換させる施設であ