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1989年3月、エクソン ヴァルデス号事件による生態学上又環境上の大破壊に、世界中が驚愕した。海賊行為とは関係ない理由で、船倉が破られて、1100万ガロンの原油が流出した。控え目に見ても、沿岸1800マイルにわたる清掃作業が必要であると伝えられた。 これほどの規模で原油流出が起き得る事を世界中が知ったのだ。又、世界中がこの顛末を目撃したわけであるが、これは想像上の出来事ではなく1件の苦い経験であった。

 

エクソン ヴァルデス号事件が起こした原油流出結果はひどい損害をもたらしたが、ある意味では人口密度の低い地域であるアラスカで起きた事は不幸中の幸いであった。もしこれと似た事件がフィリップ海峡で起きたとしたら、結果として生じる原油公害はホースバーグ灯台を超えてもっと東のマラッカ海峡まで広がった事であろう。又、風と潮流の組み合わせを考えると、流出した原油はシンガポール島とこの地域のインドネシアを形成しているいくつもの島を取り囲んだであろう。

 

公害の結果とは別に、海路が閉鎖されて船舶の通過が不可能になったり、永遠とはいわずとも、かなり長い期間この地区の漁業が侵される可能性はいつでもあるのだ。

 

多くの人が実際には起きていなくても、危険というのは可能性として常に存在するというのを認めようとしないのは不幸な事である。一旦事が起きると、こういう人々は対応するのが早いし、再発の防止に躍起になる。それでも、危機の可能性がある事を認識するには時間がかかるのだ。これは常に積極的な姿勢を保とうと言う精神構造に対して反動的積極姿勢ある。この姿勢は、もし前例がなければ可能性だけでは保険がカバーしにくいと言う保険業界の事情によく見られる。

 

IMBは、一旦原油流出が起こってしまったら、次回にはこうすると言うチャンスはないのである。だから、起こるかも知れないと言う可能性を常に考慮する積極的姿勢を持つ事は非常に大切であり、起こってしまった災害の防止のためにあらゆる手段を講じないと言うのは、無謀を超えて無責任であると確信する。

 

第8章 アナ シエラ号―その調査

 

アナ シエラ号事件は東南アジアで乗っ取りを受けた船舶の中でも典型である。この犯行の目的は船舶と貨物の略奪であった。この事件が重要な意味を持つのは、まだ海賊が船上にいる間に、その船舶とその貨物が無傷で発見されたと言う事実である。

 

1995年9月12日にアナ シエラ号はタイのバンコックの南方50マイルにあるコシチャンから、キプロスの旗を揚げて、5百万ドル分の袋詰めの砂糖1万2千トンを乗せて航行中であった。

 

 

 

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