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低い近隣地方政府への個人消費者の買いだしは、地方政府の税率決定権を制約する。しかし地方政府の管轄する範囲が十分に広い、あるいは人口密度が低いのであれば越境購買による課税ベースの縮小も深刻な問題とはならない。

 

では租税境界を設定せず、なおかつ仕向地原則を適用することは可能なのだろうか注16。この実務的な問題に対して、シャウプ及びクノッセンは境界調整の役割を税関から政府・民間部門の会計勘定にシフトすることを提案する。この解決法には、(1)輸出地に帰属した税収を中立的機関を通じて精算し、消費地となる輸入国に取り戻す精算システム、(2)輸入時課税を税関通過時点ではなく、国内での最初の販売時点におこなう繰延支払方式のふたつのアプローチがある。この節ではわが国ではよく知られている前者について簡単に考察し、耳慣れない後者のアプローチについては次節において検討を加える。

 

シャウプ及びクノッセンのいう、税額控除精算システム(A tax credit clearance mechanism)では、EU内への輸出は通常の付加価値税を負担し、輸出還付はおこなわない。しかし輸入国の最初の納税義務者は、輸出国の財政当局に納税された、輸入財貨にかかわる付加価値税の還付を受けることができる。そのために輸入国の財政当局は、輸入業者に請求された還付・税額控除を輸出国毎にまとめ、輸出国の財政当局から取り戻す。したがって税額控除精算システムは、EU内の輸出入国が共同して仕向地原則を運営する方法だといえる。しかし輸入国の税率が輸出国の税率よりも高い(低い)と、輸入国はキャッシュ・フロー上、有利(不利)になってしまう。これを避け、税額控除精算方式を円滑に運営するには輸出入国の双方が税率の調和に合意していなくてはならない。しかし「上位政府」の強力なリーダーシップによって対等な主権国家の課税管轄権を統制することなく、このような「調和」を達成することは困難である。たしかに精算システムは後述する繰延支払と比べてより包括的である。しかし対等な主権国家どうしが付加価値税に関する「調和」に同意しなければならないという難問が精算システムにはつきまとうのである。

 

しかし、精算システムを構築するうえでの実施上の困難の度合は、EU、連邦制国家、単一制国家の順番で低くなるであろう。経済統合の渦中にあるヨーロッパ連合では当初、国家間の経済取引をいったんは原産地原則で課税しつつ、中立的な精算機関を通じて、事後的に仕向地原則に修正する方式を目標にした。しかしブリュッセルは一律の税と強制できる「上位団体」ではない。EUが精算システムによる仕向地原則に移行できるか

 

注16Cnossen,S[1990]は、租税境界の廃止を前提にした仕向地原則のあり方を包括的に検討している。小論の説明もクノッセンに依拠している。

 

 

 

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