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の顔がスッと浮かんできたりね。私はヤギュウというのですけれどね。(笑)ないしは、生まれたばかりのお孫さんの顔がスッと浮かんできたりね。たとえば、すぐ近くのおとなり、兵庫県の豊岡の、かつてたくさんいました、日本でツルというとコウノトリをいいましたね。そのコウノトリの顔がスッと浮かんできたり。ないしは、由良川の、みなさんがいままでご苦労なさってきた、先人たちがご苦労なさってきた由良川とどうつきあうか。

そして、由良川の上流がどうなっているのか。そしてそこに棚田があって、里山があって、そして深い森があって……。そのようなことを私の顔にダブらせながら、きわめて私的な話をしますので、どうぞ聞いてください。

きょう、お題でいただきました、「森と暮らす、森に学ぶ」ということは、じつはこの本なのですが。役者が本を書くなんて生意気なことをやりましたのは、私がいま仕事をしたり、こうやってみなさんと親しくお話をさせていただいたりしているこの中身は、死んだじいさんから教わったこと、ないしはばあさんから教わったことがほとんどなのですね。

ついこのあいだ、うちの息子は29歳になりましたが、だいぶ前ですが、ぼくらはよく親子喧嘩をします。次男坊ともします。あるとき、息子と口喧嘩をしていました。親子喧嘩というのは、向かい合ってしないですね。向かい合ってすると、「なに、このバカヤロウ」といって金属バットが出てきたりしますのでね。(笑)だいたいが背中を向けて話をしますね。そして、「おまえ、いつまでたってもケツが青いな」とか、「くちばしが黄色いな」といいながら、「親父はそんなことばっかりいうから、だめなんだよ」とか、口喧嘩をしていて、肝心な話になってきたときに、ふと、死んだ親父の声、いっている中身ね。親父がここにいるような気がしてギョッとして振り向いたら、息子でしたが。それで、また喧嘩の続きをやっていった。

肝心な部分、ようするに人生どう生きるか、どういう風景のなかで死んでいくかというような、いちばん肝心な話になるとかならず、親父になるのですね。そういう経験は、みなさんありませんか。

そのときにぼくは――じつは、きょうはその話もしようと思って来たのですが、あんなにたくさんの時間を息子といっしよにすごして、先ほど紹介がありましたが7,700、7,800本の木をいっしょに植えて、森をつくって、そこでいろいろなことをやってきた。息子にいろいろなことを教えてきたつもりなのだけれども、いちばん肝心なフィロソフィといいますか、哲学の部分というのは、私からではなくて私の親父、つまり息子からいうとおじいちゃんから教わっているのですね。

きっとみなさんも、ほんとうに肝心な部分というのは、親ではなくて、そのもう一つ前から連綿と教わってきているというのを実感することがおありかと思います。私の場合、完全にそうですね。

さて、その息子が結婚しまして、息子のお嫁さんのお腹がだんだん大きくなってきて、だんだんあせってきましてね。はたして、ぼくが、ぼくに教えてくれたあのおばあちゃん、おじいちゃんのように、そして息子にいろいろなことを教えて伝えた、死んだじいさん、そしてまだ生きているうちのおふくろ、ばあさんのように、この孫に、このお腹のなかの子に伝えることができるだろうか。そう思ったとたんに、すごく不安になってきてね。なんとぼくは、かつての先人たちよりも矮小になって、なんと心が貧しくなっているのかなということで、すごいプレッシャーがありました。それで、なんとか親父のように、おじいちゃんのように伝えたいということで、こういう本を遺書のようなつもりで書いたのですけれどね。

べつに、こむずかしい話ではなくて、どのようにして自分が、かみさんが、子どもたちが、子どもたちの友人たちが生きてきたか、そして自然に抱っこされながら育まれてきたかという話を書きました。いまそれは、行政とか、もっといいますと大学の林学部の教授などが、これを教科書にしまして……。(笑)べつに自慢話をいうわけではないのですが、いま12版になってけっこう売れているのですが。

どういうことだろうか。かつて、先人たちがあんなにも仲良く、日本の自然と人間が仲良くつきあってきたか。

 

 

 

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