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いし、むしろ画期的だと評価されてよい。改革の実効性を最優先したからこそ、当面の改革を国から地方へ、とりわけ都道府県への分権化に限定し特化したのであろう。

「世紀転換期の大事業」を説く中間報告の総論と、個別事務の整理に専心する同各論との落差は、実効性を重視した事情をうかがわせるものである。しかし、統制型システムが疲労の極にあるなかで、その一端を担ってきた既存の地方制度を前提にして、タテの分権だけに専念できるような「追い風」環境は急速に失われているのではないだろうか。

財政破綻など政策環境の激変をうけて、いわゆる受け皿論も、同委員会が当面回避をきめた2年前とは異なる文脈のなかに置かれつつあると思われる。タテの分権、ヨコの分権、中央行政府の再編という諸改革の総合を模索すること、つまり政府システムのトータルな改革というより広い文脈にあわせて、さらに検討を深める必要があるだろう。

 

?. 国際的な分権の潮流

眼を海外に転じてみよう。地方分権改革は、わが国だけが直面する課題なのではなく、広く国際的なトレンドだからである。とくに西欧諸国は、石油ショック以後の1970年代後半から、政府システムの大規模な改革に着手してきた。そこでは、集権的な福祉国家を見直すことなどを契機として、政府、公共部門をトータルに組み替える多様な試みが展開されたのである。

いくつか特徴的な事例をあげておこう。イギリスでは、サッチャー、メイジャー両政権による「小さな政府」を目指した新保守主義的な改革が実施された。とりわけドラスティックだったのは、86年3月の大ロンドン・カウンシル(GLC)などの廃止だ。東京都や大阪府などにあたる都市部の広域自治体が、一片の法律によって廃止された。しかもこれを皮切りに、農村部にも一層制を拡大する政策が継続中である。

農村部については、92年の地方自治法にもとづいて、政府の任命した「地方政府委員会」が原則として県か市町村のどちらかを区域ごとに判断して勧告し、政府が決定した。当時の政府の『協議書』によれば、一連の改革は、公共サービスの提供者から管理者へと自治体の役割が変化していることに対応して、県・市の一元化によって行財政責任を明確にして応答性を高めるものだ、という。長く二層制によって運営されてきた全国の自治体を一層制に純化していくことは、10年以上におよぶ地方制度の全面的な再編成過程の最終段階になるのかもしれない。

一方、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、フィンランドなど北欧諸国における「自由な自治体」づくりの改革がある。なかでも、80年代にスウェーデンが行ったフリー・コミューン実験は著名であろう。この実験では、自治体の申告にもとづいて国の規制や関与を縮小・廃止することによって、行政事務の簡素化や効率化をはかり、すべての公共サービスの質を向上させることに主眼が置かれていた。

そのためには、単に自治体の自由裁量の範囲を拡充するだけにとどまらず、国と地方を含む政府・公共部門のあり方をトータルに見直す必要があった。特筆すべきは、当時の中央政府の感度のよさだ。国の規制こそが、福祉の国をつくるという自らの政策目標の足かせになっていると気付き、国自身が音頭をとって改革を推進してきたのである。なお、こうした北欧の手法は、日本のパイロット自治体(地方分権特例制度)のモデルにもなった。

さらに、フランス、スペイン、イタリア、ベルギーなどラテン系の単一制諸国においては、州政府などの「中間政府(メゾ・ガバメント)」が創設された。メゾ・ガバメントは新型の広域政府であり、国と自治体との中間的な規模や性格・機能をもつ。これらの国々では、程度の差はあれ、国家の分裂を招きかねない地域民族主義の高まりを背景に、国民国家の再統合策が模索されていた。

再統合の一環として、創設したメゾ・ガバメントヘの分権化によって、集権的な政府システムを改革する政策が実施された。メゾの出現は一面で、単一制国家のなかで主権を分割しうることを実証して、現代における国家主権の相対化を強く印象づけた。スペインは最も連邦制に接近し、ベルギーでは独自の連邦制に移行した。他面では、国の税や債務の膨張を抑制し、福祉国家のもとでの中央政府の過重な負担を軽減した。国のオフ・ローディング(身軽)指向は、フランスやイタリアにおいて顕著であった。

先行する各国の地方分権改革から、どのような教訓が得られるだろうか。

 

 

 

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