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伝統的な船舶管理の世界では「一旦港を出ると何が起こるか分からない」という考え方から安全運航要件が枠の中に入りきらないという思想が強い。有限の範囲に限定できないとすると、安全運航のためには論理的必然として誰かが無限の責任を負わない限り要求を満足することは出来ない。伝統的な船長責任はこのような事情から生まれたものである。世の中の常として一旦無限責任を負う者を決めてしまうとそれ以外の者のもたれ合いが始まる。制度があっても自己を制度内の枠に閉じ込め、その枠内で責任がなければよしとする風潮である。ナホトカ号事故はあってはならない事故である。その基本を忘れ、自己の関連範囲の枠外で問題が起きたときはあまり強い関心を示さない習慣が身についているとすれば大きな問題である。

ISMコードは明示的に示している訳ではないが、船長の無限責任という思想を転換するものである。船舶管理の責任主体を会社であると明確に定義し、安全運航要件を満足できるシステム作りをSMS(Safety Management System)という形で求めている。図でいうならば船級、船員資格の制度でカバーできない部分を、陸上の機能分担まで含めてSMSという明確な形で埋めるを求めている。そのためには従来にもまして船自体の機能、乗組員が果たすべき役割を明確に示す必要がある。ISMコードは船社問題であり造船所には関係ないという見方もあるが、この意味において造船側にも大きな影響をもつ。すぐに関連が生ずることはないであろうが当然PL(Product Liability)にもつながっていく問題である。

先進安全船という課題からは何か「これが先進安全船である」という具体的な船のイメージが期待されるが、そのためには「要求される安全水準」を示す必要がある。研究開発の進め方としては、この水準を仮定して目標イメージを明確にしてもよいし、要求安全水準は時代の社会的要請の結果きまるものであり、とりあえずは現状の安全水準を維持するための品質管理体制は何かという地道な取組み方をしても良い。いづれにしても安全運航要件を明示的に示し、役割分担の意味を無限責任を負う者のいない状態で明確にすることが第一歩である。

 

技術開発の方向づけ

 

「より速く、より強く」オリンピックではないがこれが造船技術開発の標語であった。この目標に挑戦するものが時代をリードし、技術の差別化により経営的成果を享受してきた。最近新技術開発の方向が見えないという不満が多い。「より速く、より強く」は海上輸送において運賃を下げ経済活動の障壁を取り除くためのものであった。この面ではすでに革命的成果を収めてしまっており、運賃はマクロ経済的には十分に安くなっている。例えば各製品の末端価格に占める海上輸送コストはほとんど無視できる水準にまで下がってきている。

一方、海上輸送自体の重要性は従来にもまして高まりつづけている。グローバリゼーションは拡大し、アジアの急成長は臨海部での工業化を主軸に進んでいる。海上輸送システムにはまさしくこれからの社会インフラストラクチュアとしての役割が求められている。「より速く、より強く」路線の技術開発は造船業の相対的競争力を維持するためには必要であるが、絶対的な技術開発の重要性は「より使い易い、より信頼のおける」の方向へ大きく変化してきているという認識が必要である。かつて荷主が輸送を行うにあたって輸送プロセスの細部まで立ち入り、船長を選び、船社を選んでいた時代もあったが、いまや約束の時間に間違いなく届く輸送手段が望まれ、それが満たされれば輸送のプロセスに関心は持たれない。輸送サービス水準が保証されればあとはコストレベルの競争のみが残される。大航海時代以来の伝統により冒険的あるいは貴族的性格が残っている海上輸送の世界では、社会インフラストラクチュアとして近代化について行きにくい点があるが、これを急速に克服することが望まれている。

 

 

 

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