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計算した音速は800dbで1484m/sの極小で最深層では1654m/sに増大する。下段に下層の構造を見るために,断熱圧縮を補正したポテンシャル温度と塩分を拡大して示した。ポテンシャル温度は底層に向かって上昇し,塩分は9000dbで極小になり底層では高塩分になっている。3測点とも同じであり,海溝の底上2000mには上層と異なる海水の存在が示唆された。右側には現場密度とポテンシャル密度を示した、現場密度は下層ほど大きいが,塩分極小の見られる9000dbでポテンシャル密度も極小になっている。これらは測定精度と計算式の限界を越えた範囲で示されているが,連続プロファイルで再現性もあり信頼性が高いと考えている。マルチナロービーム測深器の直下モードでCTD観測中に音速1500m/sで換算して10605mを測定した。これはソ連の観測船ビチャージが1957,8年に観測した10600mより大きいが,図示した音速分布で補正すると10991mになった。

わたくしは1975年から深海の流速観測に取り組んでいるが,その当時は耐圧浮力材が1kg当たり1万円もするので代替を考えたことがある。プラスチック容器に入れた灯油を用いていたグループもあった。空気について理想気体として1000気圧を考えると比重1.3になる。図に示すように1000気圧でも海水は1.07である。今度は海溝底には空気の粒が散在しているのかと思った。気象集誌の駒林誠先生の論文(1966年)で,酸素は0.7,窒素は0.5になり海水より重くならないことを知った。クリプトンやアルゴンは海水より重くなり,固体の海底の上に重い気体があり,その上に液体の海,そして軽い気体の大気を持つ特別な天体の存在の可能性が議論されていた。国内需要が増えて耐圧ガラス球の輸入価格が1/3以下になり現在も活用している。

 

3 海洋開発への期待

 

人工衛星から海面温度,海上風,表層海流が観測され,全海洋のデータが得られるようになった。黒潮のように海面に現れる現象もあるが,海面下の観測は依然として観測ワイヤーや係留観測に頼っている。衛星通信の普及により,海面下の観測データもリアルタイムで伝送されるようになった。その一例として,アリスフロートがある。ALACEは自律ラグランジュ流速計測装置の意味で,私達は日本海の300m層を10日間漂流し,1日だけ浮上してアルゴスシステムで位置決めするフロートを2台運用中である。油圧ポンプの作動で浮力調整を行い,1995年7月から100回以上も沈降浮上を繰り返している。中層300m層の海流と温度,そして浮上時の表層海流を観測している。今年度は浮上時に5m毎の温度を計測してデータ伝送するアリスフロートの運用を計画している。約400回の浮上沈降ができる。数千mまで浮上沈降する際に翼角を制御して太平洋を横断するスローカムフロートの開発が米国では進められている。アルゴスシステムに制御指令を発信する機能の付加も計画されており,深海までの温度塩分の無人観測が可能になる。

約1000m層の音速極小層,ソーファーチャンネルに音波ビーコンを設置して中層フロートを追跡するレイフォスも多用されている。低周波の200Hzの音波信号は1000km以上も受信可能で,漂流中のフロートは3点以上のビーコンの音波信号到達時刻を記録し,観測終了後に浮上してアルゴスシステムでデータを伝送する。全データの伝送に約10日を要するが,従来の受信局を係留するソーファーフロートに比べて受信局の回収が不要になり,多数のフロートが運用できる特長がある。携帯電話を利用して浮上した深海計測器のデータを伝送し,係留系の回収航海を省いて観測を効率化する計画も進められている。

現在の深海測器は大重量の圧力容器に収納されている。トランジスターなどソリッドステートの電子回路素子は1000気圧まで耐えるものが多い。海水が電気の良導体であるので絶縁のために油浸などの工夫が必要であるが,わたくし達は圧力容器を使用しない油浸流速計を試作したことがある。一部のICには耐圧のないものもあるが,軽量安価な使い捨て海洋測器の開発の一つの方向であろう。

大気の運動方程式を計算機で解く気象数値予報が始めらてから約40年が経過した。気象予報を可能にしているのは時空間的に密な観測である。海洋の表層循環は風によって駆動されているが,船舶による海上風観測も限界がある。折角予報してもそれと比べる海洋の観測値が少なかったことが海洋予報が実現しなかった原因である。黒潮の強流の幅は100km以下であり,流路の特定には数10km以下の分解能の観測が必要である。人工衛星観測と各種の無人観測がこれに応え,計算機の進歩は数10kmの空間格子で運動方程式を解くことが期待できるようになった。海洋研究者の永年の夢であった海洋予報の時代の到来は近いであろう。

21世紀を迎え,増加した人口問題をかかえる人類にとって残された海洋空間の活用が焦眉の課題となった。海洋における人類活動を支えるために海洋の観測

 

 

 

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