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どん精緻化するという行為であり,もう一方は空席に物を埋めるという行為です。精緻化すればするほど空席が増え,当然そこにはもの造りの可能性も増えてくる。そしてまた,この空席にもの造りを入れれば入れるほど新しい精緻化ができる。従って分析ともの造りは両者相携えながら進歩するべきものなのです。存在しているのは人間の概念形しかないのです。ただ問題は,精緻化の方はいろいろな体系ができたにもかかわらず,どうやって人工物の概念が産み出されるのかということについては私たちは残念ながら体系的な知識を持っていないということなのです。

このような行為は論理学では一種の仮説形成になります。ニュートンがニュートン力学を作ったときにコレクションをした。そこでいろいろなパラメーターを作った。そうしたときにニュートンの三法則を見つけ出したのですが,どうやって見つけ出したかについてはニュートンの「プリンキピア」という本には書いていません。この本には,最初にいろいろな定義があり,何ページ目かに三法則が出てきます。それはわずか2ページほどに,ぱっぱっぱっと3つの法則が出てくるだけです。あとの何百ページは,それを使って天体の運動を説明していくわけです。
そこで,どうやってそんな有用な3つの法則を発見することができたのかということについて,科学哲学者たちは興味を持ちました。特にアメリカの哲学者チャールス・サンダース・パースは,これをディダクションでもインダンクションでもないアブダクションだと呼んで人間の独特な能力だと言った。我々はそれを仮説形成という日本語で訳しています。つまり演繹・機能・仮説形成という3つの論理があると考えてよい。これは理論形成においては,定められた領域のどんな現象をも説明する法則の仕組みを見つけ出すということです。「その法則Bが成立するならばAが成立する」ということはBが法則であるための必要条件です。Aが与えられたとき,BならばAとなるBを導出するのが仮説形成ですが,この論理的な構造は今我々が問題にしている,どうやってソーセージを発見したのだろうということと全く同じなのです。

建築の例では,建築しようとする家に対する施工主の全要求(A)が定められた領域で観察される全現象,すなわちコレクションです。施工主のどんな要求をも満足する建築家が設計した家が法則(B)で,「Bが作られればAが満たされる」という論理的な構造をしています。ここでAという要求が与えられたとき,この解があれば要求が満たされるとなるようなBを導出すること,これが仮説形成です。この仮説形成を明らかにすることが,実は私たちのもの造りの科学なのです。

実に難しい問題ですが,この仮説形成はどういう性質を持っているのかについて考えてみます。一般に三段論法では,「人間は死ぬ」・「ソクラテスは人間だ」・「ソクラテスは死ぬ」というように規則と事例があって結果を導き出す。これは演繹です。私たちはそれが真理であることを知っています。しかし仮説形成は少し違っていて,規則と結果があって事例を推論することです。「人間は死ぬ」ことは規則で,「ソクラテスという何かが死んだ」・「すると多分ソクラテスは人間だろう」。この論理は合っていますが間違えやすい。「人間は死ぬ」・「あるものが死んだ」・「それは人間だ」というのは間違いです。「ゴキブリが死んだ」からといって,「ゴキブリは人間だ」というのは誤りです。このように,この推論は誤りを犯します。これはとても大事なところで,実は私たちの設計は常に誤りを犯しています。壊れやすい船を造ってしまったり(そんなことは造船学会ではあり得ませんが),どこそこでは燃料が漏れてしまったりとかいろいろあります。
このように人間は失敗を犯しながら,だんだんいい方向に近づいていきます。その行為自身が,演繹のように絶対間違いのないことをやっているのではなく,もの造りは間違えながらやっていくのです。実は科学も同じで,演繹だけで科学が進んでいるのではなく,科学哲学者が新しい理論を作り出す際に,まさにアブダクションという危険を冒して新しい仮説を出すからこそ,科学は進歩しています。

 

7 もの造りの科学

 

それではそういった内容を持つ学問はどうやって作っていったらいいか。結論から言うと,どうやらもの造りの科学は従来の科学とは性質が違うようです。理学を支えてきた基本的な考え方は実験科学で,まず領域を限定する・そして仮説を立てる,ここまでは同じですが,その立てた仮説を実験・観察による検証ができます。例えばニュートンも仮説を立てたのですが,実際の天体の動きをずっと説明してみると,観察してそのとおり動くからニュートン力学は正しいのだというように,実験によって理論の正しさを検証することができた。ところが,文科系の学問は実験できないとよく言われます。それを私たちは歴史科学と呼びます。歴史科学ではまずコレクションをし,そのコレクションについて,例えば人類はどこそこで発生したと

 

 

 

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