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ものが存在しています。では,そのノウハウはどこにあるのか。熱が伝わる熱伝導理論・熱伝達の理論・熱による蛋白の固化現象に関する理論,あるいは先ほどの目玉の形状で言えばレオロジカルな現象・表面科学・力学・幾何学など,目玉焼きに関わるいわゆる工学的な知識を私たちはたくさん持っています。ところがそういうものを全て学べばおいしい目玉焼きが焼けるかというと,どうもそうではない。何かが欠けている気がするのです。

私たちの工学理論は,この一つの行為に関わるいろいろな理論をニュートンの方式のように領域化の方法を使って作った。しかしニュートンの方式だけでは不十分です。それはまさに全体をくくる方法がないことと対応しています。別の言い方をすれば,まず現象とか経験を目の前にして視点を定め,そして領域理論を作る。ところがこの複数の領域理論を使ってもう一度現象を回復できるかというと,これはできない。理論を集めて再編成するような知識が体系的にまだ欠けている。すなわち私たちがこういった知識を作っていく中に,何かそこに一つのリンクが抜けているのです。もの造りを科学にする,あるいはもの造りについての教えやすい方法を発見したり,環境問題を体系的に考えていくためには,この失われた環(ミッシングリンク)を見つけ出さなければいけないのです。

ここでこの失われた環とは,次のように位置づけられるのではないかと考えられます。例えば,原子物理学があって原子力発電がある・量子力学があって人工物質ができる・材料力学があって構造物ができるというように,それぞれ対応はしてはいます。しかし原子物理学があれば原子力発電ができるのかというと,もちろんそれだけでは理論をどんなに究めていっても決してできない。何かそこには,いろいろなもの造りの人間の熟練とか経験がどうしても必要になります。そしてこれらはすべての領域に存在していて,これこそが現在,技法・経験・技能などいろいろな呼び方があるミッシングリンクなのです。個別問題として造船という問題を出すと,確かに造船には,構造力学とか人間の居住性建築とかいろいろな基礎知識が必要ですが,それを使って船を造る・設計する段階になると,そこにまた設計に関する固有の方法論があります。
ところがこういった基礎理論,いわゆるニュートンの領域に従ったような理論だけではうまくいかない。必ずそこには技法的なものがあって初めてものを造ることができます。それでは全ての領域にこういった技法があるのなら,その技法には何か共通性があるのではないか。このミッシングリンクを抽象して一つの理論を作れば,それは一般的に通用する設計学になるのではないか。これが一般設計学という考え方なのです。ここで一般とは,流体も材料もそういう分野に関係なく,どんな場合にも何か必要な技法があって,それはどの分野にも同じではないかということです。実際の技法を見ると,船を造るときは船の素材を扱っており,人工物質を扱っているときは原子や電子を扱っているわけですから,全く扱ってるものは違う。従ってそこに出てくるいわゆる技法は,見かけは全く異なってもその背後にやはり何かものを造る(設計あるいは製造)ことについての一般的・横断的な一つの通則みたいなものがあると考えるわけです。

実はこのことは古くから指摘されていました。図1は18世紀の終わりにディドロによって書かれた「エンサイクロペディア(百科全書)」の「技術」というページのスケッチです。ディドロは啓蒙派で,いわゆる隠されている知識に光を当て,そしてそれを万人が使えるようにすれば,それは豊かさを人類にもたらす・社会にもたらすという大変楽観的な啓蒙派の哲学を持っていました。これはガラスの例ですが,ガラスは貴重品で金持ちしか使えなかったのですが,ガラスを誰でも造れるようになれば誰もがガラスを使える,ひいてはこれが豊かな社会であると考えた。それではガラスを造る技法に光を当て万人に見せてしまえばよい。彼は実際にガラスを造る場所に行って,そういう意図を持ってこのようなスケッチを何十枚と描きました。すなわちディドロのプログラムはニュートンのプログラムとは違い,もの造りのプログラムでした。

実はスケッチの他に,どのような温度に熱すればガラスは柔らかくなるとか,球形のものをつくるためには吹くのだとか,どれくらい吹けばいいかというとこのほっぺたを見ての通り,人間が吹くぐらいの圧力で膨らむのだというような文章も書いてあります。すなわち一つはガラスの性質,もう一つはガラスの性質を利用しながらカップとかそういったガラス製品を人間が造るプロセスがここに書かれていました。それから200年以上の間,近代・現代の科学はガラスに関しては非常に精緻な理論を発展させ,領域科学としてガラスの性質は大変良くわかってきました。もちろんアモルファスは難しい性質で依然として研究は進んでいますが,どのような化学組成にし,どのような処理をすれば,どのような工学的性質を持つかということについては体系的に知識を持つに至りました。一方もう一つディドロが書こうとしたプロセスについては,我々

 

 

 

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