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ア」という本の中に,光のことを入れません。つまりニュートンは明らかに領域を作り出しました。彼の関心は,自然哲学者ですから全世界が対象であり,それは光であったり電気であったり生物であったりしましたが,その中から天体と落下物体だけを取り出した。これは偉大な発明です。なぜその2つを取り上げたのか。要するに,リンゴと天体を一緒にして扱おうと考えた。これは言ってみれば無謀な話であり,またなぜそんなことをやったのかは今になってみてもわかりません。私はこれをコレクションと呼びます。彼はそのコレクションに成功したので,対象である天体とリンゴは,実は質量や運動量という簡単な項目で説明がつき,その結果彼は有名なニュートンの三法則を導出し,それを使って理論体系,すなわち力学の体系を作りました。そうすると,この力学理論はここで切り取ったコレクションの全てを説明します。
従って,ニュートンの発明した科学は領域が重要な意味を持っていて,あるコレクションを限定すると,そのコレクションされたそのものについての完全説明性を求める。説明が完全であれば自然哲学者はそれでいい。昔の自然哲学者に言わせれば,あなたの理論には光が入っていないからつまらない理論であるということになったのでしょうが,ニュートンはあえて光を分けた。その結果彼は,深い意味での理論を作ることができ,これは現代の科学のまさにお手本です。力学を彼が作ったことも偉大ですが,それ以上に彼が偉大だったのはこのように領域を発明したことだと私は思います。

ところがニュートンは単なる力学屋ではなかった。彼はやはり自然哲学者だったことはやがてわかるのですが,それはニュートンは光についての本も書いたからです。力学について何十年と研究するが,それと並行して光のことも研究しています。但し光と力学現象を一緒に説明しようとはしなかった。現代の科学は,そういったものをひっくるめて説明する力を獲得しているわけですが,当時の彼にはできようもない。しかし,とにかく分けて説明する意図は持っていました。しかも,彼は第3番目の本も書きかけており,それが「原子論」という物質に関する理論です。
当時は錬金術があって物質に関する知識はたくさんありました。科学の歴史家によれば彼の書いた化学に関する本はほとんど錬金術と同じだそうで,力学のように華々しい歴史的な価値はありません。しかし彼の意図は十分わかり,結局彼は領域を発明した。領域は観点です。物体の運動・光あるいは原子,そういった一つの見方を設定すると,その見方によってすくわれてくる一つの現象群がコレクションで,それを説明するわけです。光の説明と力学的運動の説明の間の相互矛盾は問わずに,各々独立に説明したのです。

しかし,彼は力学を説明し,光を説明し,物質を説明し,このように次々説明することによって,ついに最終的には自然を説明することを計画していたはずです。これは推定ですが,彼の自然哲学者としての生い立ちや彼の書いたいろいろなものを見ると,明らかに全部を説明しようとしていて,力学はその一つにすぎません。彼は,領域はそんなにたくさんはなく,幾つかの領域をカバーすれば自然界は全部理解できると思っていたようです。確かに現在の理学の領域を見るとそんなにたくさんはありません。
このようにニュートンは,領域に分けその領域を次々と説明していけば,ついには有限の領域で全世界を説明することができるというプログラムを持っていた。すなわち一つは領域を作ることと,もう一つは,領域を複数個並べて世界を全体的に理解しようとすることで,私たちはこの二つの科学の基本的な態度を継承しているのです。

 

3 工学は科学か?

 

ところで,もの造りは科学かというとちょっと違います。ニュートンは自然哲学者ですから自然を理解しようとしていた。ところが私たちもの造りの人間は,理解だけでは不満で自然を改変してしまう。すなわち,何かものを造ろう・人間に役に立つものを造ろうと考えます。そうしたとき,ものを造るための知識が必要になります。この知識を作るのに,私たちはニュートンのやり方をまねしています。それが工学です。その工学と物理学は一体どういう関係にあるのか,これからが問題です。実は工学も物理学とよく似たやり方をします。ニュートンは対象世界の全体を説明しようとして領域に分けましたが,私たちの工学あるいは技術の場合は,対象世界の全体は説明すべき対象ではなく,それは利用されるべき対象です。すなわち説明性という観点でなく,有用性という観点から対象世界のコレクションを作る。そして,もし家を建てるという特定の目的を作れば,それは建築学という知識の体系を生む。建築学も,材料はどうなのか・どういう構造にすれば強度はどうなるかというようなことですから,これも一種の説明性を持った学問です。機械を造るという有用性を設定すると機械工学になり,コンピューターのプログラムを書くとなるとソフトウエア工学になる。このようにして次々と領域を作っていくと,それはニュートンと大変似てきます。但しニ

 

 

 

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