日本財団 図書館


記念講演

もの造りの科学

前東京大学総長 吉 川 弘 之

 

1 はじめに

 

「もの造り」が科学か哲学かというと,これは非常に難しい問題です。もの造りは何百年もの間,あるいは人類始まって以来,熟練や経験といった形で続いています。造船学会も100周年ということで,いずれにしてももの造りは長い歴史を持っています。しかし今さらなぜ科学と言うのか。私たちの知的所作とか知的な行為について考えたとき,科学という形をとると,例えば教育をしやすい・次世代に今までの知識を伝えやすい・科学を使った行為の結果についてその意義づけがわかりやすいというように,科学は大変便利なものです。最近の,過剰にものを造り過ぎたことが地球環境に影響を与えているという問題を考える場合には,科学という立場で考えた方が考えやすいし,我々人類が将来どういうものを造っていくのかを考えるのにも役に立ちます。
このように科学には,教えやすい・次世代に知識を伝えやすい・現在我々がその知識を使うときの方法論が体系的になり得る・矛盾が生じたときにそれがどんな矛盾なのかを分析しやすいなどいろいろな効用があります。さまざまなことが,単なる身についた熟練に比べるとわかりやすい構造になっていると思います。一方,ものを造るのは本来人間の行為そのものです。これを科学するというのはややおこがましいのですが,しかし私はそういった科学という観点から,一体どこまでもの造りというものが整理できるのかということに長い間関心を持っていましたので,そのことをここで紹介しようと思います。

 

2 科学の性質

 

科学はなぜ科学かといえば,一つは領域を作っている点にあります。ここが哲学と違うところで,哲学は大上段に振りかぶって全世界を考えます。科学はやや控え目に,この科学はこの部分を・別の科学はこの部分を扱うというように部分部分に分けて分担して扱います。このことが科学の進展を容易にしました。すなわち科学を支える人々とは,各専門領域のそれぞれの領域を支える人ということになります。例えば科学と呼ばれるものにも,理学・医学・人文学とか理科系・文科系などさまざまなものがあり,また我々の領域の工学には,土木工学・機械工学・電気工学などといろいろあります。機械工学もさらに分かれます。このように,いわゆる領域を細分化することによって,大勢の人々が知識を生産し継承するという構造になっています。
大学には学部があり学科があり,知識生産にもあるいは教育という知識継承にも,こういう形で分担する構造になっているわけです。これは現代の科学の大きな特徴であると思います。そこで大事なことは,この領域とは一体何かということです。もの造りには,船を造るとかコンピューターを造るとかありますが,それが果たしてそれほど明解な領域なのかということはよくわかりません。従って,私たちがもしもの造りの科学を作ろうとするならば,やはり領域についての意識をまず明解にしておく必要があります。

領域はどうして発生したのか。実はこの領域は大昔からあったようで,このことを意識的にはっきりと言ったのはかのニュートンではないかと思われます。ニュートンは自らを自然哲学者と言っていますから,目的は全世界のすべての現象を理解することにあったに違いありません。ギリシア時代などの昔からあった科学的な方法は,簡単な法則で説明するところにあります。例えばデモクリトスの「原子論」は,すべての世界は原子あるいは元素からできている,というように若干の数の元素が存在し,世界はそれでできていて,7000万年前の恐竜の尻尾にあったある元素が今私の鼻のここにあるということを言った。そう言うことで,実は元素は一定であってそれが粘土細工のように作られ作られして世界ができているという,一つの宇宙観というか科学観を出した。これでわかったような気がしたのですが,しかしそのわかり方はあまりに概括的で,デモクリトスの「原子論」を使って新しい金属を造れるのかというとそうはいきません。

ではニュートンは何をしたか。18歳のころの彼のノートを見るとあらゆることがメモしてあります。彼は自然哲学者ですから,ある領域に関心を狭めたわけではありませんでした。しかし彼は「力学プリンキピ

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION