日本財団 図書館


重要点はhopaneと呼ばれる非分解マーカーの濃度追跡により分解速度の地図を作るという独特な分析的方法を開発したことである。このようにして、研究の結果、栄養分を添加すると、生物修復処理にかけられなかった基準浜辺と比べて、炭化水素の除去速度が3〜5倍に加速することが確認された[1]。1989年には120km以上の海岸線が劇的な成果をもって改善された。生物修復の方法は堆積した油を取除いた後にだけ使われた。

バルディーズ号事故での浄化作業から得られたもう一つの進歩は、海岸線の油汚染が生じた後に自然浄化がどんな具合に進行するかについての理解が深くなったことである。様々な自然作用が海洋環境から流出油を取除く上で効果があることは以前から認識されていた。プリンス・ウィリアム湾の16ヵ所の監視場所で集めたデータは、浄化作業が終了した後の1989年から90年にかけての冬に海岸線の油量が急激に減少していったことを示した。高エネルギー及び中エネルギーの浜辺では、この自然浄化は冬の暴風雨に伴う波の作用の結果であると思われていた。しかし、低エネルギー区域を観察したところでは、波の作用なしに同様に油が除去されているのが分かり、このことから、油がどのように岩の表面から離脱すると考えれば良いのかが大きな関心を呼んだ。

エクソン社の科学者達は、浜辺の浄化現象を以前から研究してきた専門家達と協力し、これまで研究論文で報告されたことのない浜辺の浄化のメカニズムを確認した。粘土等の微細な鉱物粒子と油の滓の中の極性成分との間の相互作用が、海面及び海面直下の油の移動と除去を促進することで、重要な役割を果していることが分かった[9]。この相互作用は固化安定したエマルジョンの綿状凝集体を形成し、これらのエマルジョンの中では小さな油滴が周囲を微細な鉱物微粉によって覆われ、更に海水がこれを取囲んでいる。この形態になると油はもはや沈殿物の表面に付着しないので、低エネルギー条件のもとでさえも油の除去が可能になる。凝集した油の比表面積が大きいため結果として土着の微生物による油の生物分解が促進される。

以上が主な進展であった。バルディーズ号事故の浄化に続いて、上記のメカニズムが低エネルギー条件のもとで継続して油の除去作用が生じた他の流出事故について確認された。1995年にロンドンで行われた第2回国際油流出研究開発会議において、世界中の油流出の専門家達は、こぞってこの現象に高い関心を示し、海岸線の浄化における油と微粉の相互作用の役割について引き続き理解を深めることが研究の最優先課題であるとした。バルディーズ号やその他の油流出事故から得られた教訓を、粘土等の微細鉱物を添加して自然浄化作用を促進するための積極的な技法にどう生かすのかを更に明らかにすることを目標とする、国際的な資金援助を受けた幾つかの研究が現在進行している。

バルディーズ号油流出事故から得た最終的な海岸線浄化に関するもう一つの進展は新しい化学浄化剤であった。海岸線上のAlaska North Slope原油が時間とともに急速に風化し水による洗浄がより困難になる、という現実を理解したエクソン社の科学特殊班は、粘性の高い油をゆるめそれほど高温の湯によらなくても簡単に除去できる毒性の低い化学浄化剤を開発する任務を引受けた。この目的に合った既存の製品があればよかったのだが、100種類を超える製剤または浄化剤を調べた結果、管轄機関によって定められた、効果があり、毒性が低く、しかも分散しない、という評価基準を全て満たす浄化剤は見つからなかった。そのため、エクソン社の科学者たちは、ほんの数ヵ月で全く新しい浄化剤を開発した。その製品はCOREXIT 9580として現在市販されている。アラスカの何ヵ所かの海岸線で試験し、ニュージャージーではかなりの毒性評価を行い、エクソン社はCOREXIT9580が高温水を必要とせずに浜辺の洗浄効果を高める重要な手段の一つであると確信した。しかしながら、政府の管轄機関はプリンス・ウィリアム湾でのCOREXIT 9580の広範囲な使用を決して承認しなかった。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION