日本財団 図書館


「私のアメリカ」

佐藤亜弥

 

今から3年前、アメリカのカルフォルニア州を離れるときに、もう1度このアメリカに来てやる、と思った。その思いが早くも実現したのだ。今度は東海岸、メリーランド州とワシントンD.C。出発する前から本で調べたりしていろいろと想像をふくらませていたが、今回の研修はその想像を裏切ることはなく、もっともっと素晴らしいものだった。

もし、一番何が印象的だったか。と聞かれてもすぐには答えることはできないと思う。それは、毎日の生活では、なにもかにもが新鮮で、驚きと感動の連続だったからだ。あえて言うならば、ボルチモアでの最後のフェアェルパーティーで、みんなと一緒に「スキヤキ」を歌ったことだ。州民栄誉賞を受賞したり、すごい記念品をいただいた後だったせいもあるかもしれないが、最高に気持ちが良く、嬉しく、楽しかった。考えてみれば、私がアメリカでお世話になった人達に何かをしてあげることができたのはこれだけだったかもしれない。それだけにとても印象深く、また、今まではなんとも思わなかった「スキヤキ」は私の中で思い出の好きな一曲となった。もちろん、他にも感激することは数えきれないほどあった。グライダーに乗ってフェデリックを一望したり、自由の女神を見にウエストポイントまで片道二時間をかけて行ったり、(自由の女神の横に見えたマンハッタンの町並みの迫力にも感動した。)あの、ナサで衛星を作っているところを見学したり、細かいことを思い出せばきりがない。今までテレビや雑誌などでしか見れなかったものが実際に目の前で見ることができたのだった。こういうときの気持ちというのは言葉でしずらいものだ。気が付けば、口では「すごいね!!」「きれいだね!!」とか、単に「うわっ―!!」と歓声を上げてたりするのだが、頭の中、心の中では今までの記憶が一瞬、消えてしまうような感覚というか、本当に、そこに居合わせているのが自分なのか。とさえ、疑いたくなるようなものすごい感動だった。

しかし、楽しいことばかりではない。問題はあった。出発する前は「きっと、どうにかなるだろう。」という強気な気持ちでいたものの、言葉の壁は厚かった。誰かと一緒にいて話すときにはまだいいが、一人になると、どうも上手くいかない。こんな甘えが、英語の上達の妨げになっているのだと痛感しながらも自分から進んで発言するのには少し勇気いった。もちろん、相手の人もずいぶんとゆっくり話してくれたり、いろいろ言い回しを変えてくれたりしてくれたが、それでも通じないことがあった。そんなときは相手に申し訳ないと思う反面、自分の英語力のなさがくやしく思えた。でも、不思議なことに、中には会話がスムーズに進む人が何人かいた。私も相手の言うことばが理解できるし、相手も私が言うことを理解してくれている。なぜなのかは今でも分からない。あのときだけ自分の会話力が上がっていたとも思えないし、相手が単語だけを並べていた訳でもない。きっと、いつもは難しい英語でペラペラ話しかけられたらどうしよう。とかいう不安や緊張で肩に力が入りすぎていた分、ちょっとした拍子にその肩の力がぬけ、リラックスした状態で話せたときだったのかな。と、思っている。こんな言葉の壁はあったにしろ、それをバネにして今後の語学の勉強に役立てて行けたらと思う。

そして、最後にこの機会を私にあたえて下さった方々。アメリカでお世話になったジムさん、ダンさんをはじめとする多くのみなさん。出発前からいろいろと親切にして下さった飯田さん。こんな私と二週間、一緒に楽しくいてくれた三好さん、荒井さん、藤井君、伊丹さん、大友さん。本当にありがとうございました。ワシントンのことにも触れていないし、まだまだ書きたいことはありますが、あとは、ここに書いた分も含めて、忘れない様に大切に私の頭と心の中に保管しておきます。当り前のことですが、この夏、一番の出来事で、一生の思い出です。みなさん、またなにかの機会に会いましょう。

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION