私もとても楽しみにしていて前日から晴れるように祈っていたプログラムだった。みんな初めてか数回目で出発前は緊張していた顔が、帰ってくると良かったと笑顔になっているのを見るとなぜか私までうれしくなってしまった。私は後席の教官にライセンスを見せて、初めての型式と初めての飛行場のアドバイスをお願いして1時間近く上昇気流をわたって飛んだ。贅沢と思えるほど充実した時間だった。夜には現地のCAPの学生達と交流して食事をとったが、私の前に座った学生は日本に興味を持っていて、日本では教師が生徒を指導する時にたたくか?なぜたたかれて平気なのだ?といった事や、過去の戦争のあった背景や両国の歴史について深く話した。他のテーブルとは違う事を感じたが、私も真剣に話してそして答えていた。あのような学生が日本に限らず外国に行って他の世界を見て成長してくれたら、と強く感じた。次の日は朝早く起きて飛行場にでかけセスナ機3機に分乗してニューヨークの自由の女神をマンハッタンよりも低い高度で3回旋回して見せてくれた。アメリカ人は自由の女神の事を彼女と呼ぶが、一生の中で彼女の頭を旋回することはもう無いと思う。パイロット達もそうだったみたいで、管制と必死にやり取りをして、旋回中は少しの隙を見つけて自分でもカメラをかまえていた。その後近くの空港で休憩を取って帰ってきたが、彼女にも目を奪われると同時にまわりを飛ぶ飛行機の多さに驚いた。本当に貴重な体験だった。夕食はジムさんの奥さんも一緒にウエイター、ウエイトレスが劇団員というミュージカル・レストランに行った。内容はオズの魔法使いだったが劇の始まる前に、司会の人が誕生日のお客さんを紹介して次にIACEプログラムで日本から来た学生達、と他のお客さんに紹介をしてくれおどろいた。ミュージカルを見たのは1年位ぶりだったが、英語でも見ていて楽しめた。この頃外にでれば暑い暑いと誰の口からも漏れた日がつづいたが、私は空港の見学となればそんなものは関係なくなっていた。バルティモア国際空港では消防施設の見学、ここでは気のいい隊員さんによって模擬の放水をしていただいて、その放水車にも乗せていただいた。
日本では外国から来た見物人に放水作業を見せてはくれないとみなで話し、ここまでしてくれるのは本当にすごいことだと感じた。また管制塔にも入れていただいて、国際空港でありながら小型の航空機までが利用する空港の適格なコントロールをVFR、IFR共に見せていただいた。CAPとUSAirの協力でUSAirの運航室、出発直前のB757を機体の下まで行って見せていただいた。当然ながら荷物の積み込みや旅客の搭乗も下から見ることができた。その日は息抜きに、とバルティモアの中心部にある球場で野球を観戦した。アメリカの人達の地元ひいき、というか応援にかける意気込みは凄いものがあって、久し振りに球場にいってみて観客にのまれそうな程だった。ジムさんの家に泊まった5日間も過ぎて、各自2泊分のホームステイの準備をして出発した2日間は、セントメリーという地方に移動して、スミソニアン航空宇宙博物館の展示航空機をはじめアメリカ国内の市民広場等に展示される航空機の修復、製作にあたる大きい製作所、セントメリー隊のCAP学生との交流、またこの街も大きい港を持った街で、その港に隣接している広い航空基地の各部の見学、とプログラムがあった。