通勤寮の廊下にキャスター付きのベビーベッドを置いて、職員室の冷蔵庫の上にはミルク、哺乳瓶。「泣いた!」「ミルク?オムツ?」とおおわらわです。
「ああ、やっぱり、ママがいいの?」
「よしよし、泣かないで。」
「湯冷まし飲ませてみようか?ジュースがいいかな?」
「あ、ウンチしてる!」
「オムツ、私が洗います。」
やっとスヤスヤ…、こんどは静かにしてね。私をはじめ、まだ若い独身の女子職員2人がミルクや抱っこ、ベテランの事務職員2人も、どれどれと乗り出す始末。3月まで大丈夫かな…。何と言っても赤ちゃんが主役。偶然こんなことになって、大変大変とは言いながらも、楽しいのも事実。いろいろあっていいなぁ…。
4時半、パパが仕事を終えて迎えに来ました。もう、そろそろママも帰るでしょう。
夕方、県営住宅の世話人からの報告がありました。
「明日から林夫婦のお弁当2人分つくります。」
「よろしくね、しばらくは協力してあげないとね。」と私。
読者の中にはこれでもグループホームなの?と言う人もいるでしょう。しかし、人間が生きるということが基本で、その手伝いとなれば、何だってありだと思います。最初は世話人べったりの夫婦が4年半過ぎて、こうなったのだから、めでたし、めでたし。
次に世話人さんが孤軍奮闘している、あとの2組の生活ぶりも紹介しましょう。
《613号室・楠本夫妻》
まるで「ねえや」のように、「母親」のように、世話人さんを頼りにしている仲のよい613号室の楠本夫妻です。
楠本夫婦は、公営住宅団地のごく普通の世帯住人として、住宅を利用したこともあって、第一関門は自治会の役員の役割分担をどうこなすかでした。各棟の端から順番にという決まりで、楠本さんも役員になりました。楠本さんが役員をこなしていく過程で多くのエピソードがあり、それを通して住人が知的障害をもつ人を快く受け入れ、理解することにつながったように思います。
例えば、自治会費集めです。楠本さんはお煎餅の空き缶を持って、「この缶になー、金いれるんじゃ。」各家に集金に行きます。後ろから世話人がついて行きますが、楠本さんの説明はそれだけ。けれどもすぐに事情は察知され、どの家でもおつりのいらないようにお金を準備して、空き缶に入れてくれました。集金済みの家は、確認欄に楠本さんの印鑑を押すようになっていました。お金を受け取ったことを確認してから世話人とふたりで印鑑を押していくようにしていたのですが、ある時世話人が来てみたら、全部の欄に楠本さんの印鑑が押されていました。楠本さんは自分の「認印を押す」という作業がとても好きで、全部押してしまったのです。再度、一軒一軒お金を受け取ったかどうか確認したこともあったといいます。
自治会の集会の時は、楠本さんが真ん中にデンと座り、一緒に来ている子供の強力なお守り役として活躍しているということです。
この団地には、住人全員で行う清掃日に何か用事があって参加できない人は、役員に確認してもらうということを前提に、別の日に同じ程度の作業をすればいい、という決まりがあります。そんな時、楠本さんはちょっと確認するだけではなく、草取りをする人の傍らでずっと見張っていた、という笑い話もあります。こんな風にして、住人との距離が少しずつ短くなっています。
《115号室・北島夫妻》
3年前(平成7(1995)年)から、県営住宅の世話人さんは、棟違いの115号室、北島夫妻の世話もしています。北島夫妻が住んでいるのは、グループホームではありませんが、かなりの支援が必要です。
北島夫婦も自立希望とはいうものの、お金の計算や管理がなかなかできないのです。