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市民社会からの離脱とNP0

 

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市村作知雄(芸術振興協会代表、山海塾事務局長)

 

かつて、社会の重圧の中で自ら命を断ったオリンピックのマラソン選手がいた。当時は悲劇であったが、今そんなことをするスポーツ選手はいない。髪を染め、眉をそったり、君が代も歌えないゴールドメダリストが登場するのにその後数十年の年月を必要とした。その賛否はさておき、すでに社会や国が個人にプレッシャーすらかけられないほどに衰退したことは、明治以降の日本の道行きの逆説的帰結であることは疑いえない。

個人と社会、企業、あるいは学校との関係が類例を見ないほどに揺らいだのはバブルの破綻以降だろうが、それはある過酷な状況においては組織は個人を守らないことが明白になったことによる。いや、そのようなネガティブな要因ではなく、個人の諸能力の開花こそが最上の目的に捉えられるべきであり、個人の諸能力が歪められて、所属組織の発展へと解消させられることへの拒絶がその根底にある。それはまた、企業の利益のために、法を踏み越える個人への同情を断つことを要請している。

現在日本で生まれてきているNPOやフィランソロピーは、個人の諸能力の開花を支える基盤であり、使いやすい道具となればよいと思う。あえて言うが、NPOは新しい市民社会の形成をめざしてはいけない。今、新しい市民社会を構築しようとする活動は、現実からは遠いものとなるだろう。そうではなくて、市民社会からの個人の脱却をめざすものであることを願いたい。

個人と市民社会の調和、あるいは社会なくしては個人も存立しない、そんなことはあたりまえのことだ。社会からの個人の離脱という主張は、そのような位相にはない。

 

 

 

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