敗戦を迎えることになったのは、既に述べたことである。
敗戦後は、できる限り欧米、特にアメリカの思想を取り入れるつもりでいたのだが、最近になって、日本人はまだまだ伝統的な考えを引きずっていることが明らかになった。アメリカ占領軍の力によって憲法が改変され、「イエ」、および家父長の制度は破壊された。各人は、それぞれ男も女も自分の自由意志によって行動することが可能になった。このことによって、確かに日本の「イエ」制度は崩壊したが、それは思いがけないところに残存することになった。
敗戦を契機として日本人は「イエ」を失い、だんだん個人主義的になってきたが、それはキリスト教抜きに輸入をしているので、個人を支える「神」がいないという状況になった。そこで、日本人は意識的・無意識的にその支えを求め、結局のところ本来の家族とは別に「疑似イエ」を作り出すことになった。その典型的なものが「会社」である。これまでにも多くの研究者が指摘しているように、日本人は「あなたは誰か」という問いに対して、「電気技師」とかの職業を言わず、「××会社の者です」という場合が多い。その人の「所属」を明らかにすることによって、その存在が根づくのである。
これは、自由業の人間にさえその傾向がある。たとえば、「イエ」のしがらみを嫌って「家出」をしてきた作家でも、結局は「文壇」という疑似イエにその根をおろすことによって安定する。あるいは何らかの派閥をつくることによって「イエ」をつくり出す。このようなことは、相当に近代化されているつもりの学者も、行っている。「学会」も容易に「イエ」の構造を持ちやすい。
このような「疑似イエ」においても、血筋のみではなく「養子」を認めたりして、ある程度の能力主義も生かせているのが特徴的である。能力と血筋(広い意味であるが)の葛藤のなかで、「おイエ騒動」が生じたりするのは、昔の「イエ」制度と同じである。
このような日本の「疑似イエ」(規模は大きかったり、小さかったり相当に異なる)の長になっている人のなかには、その判断力、決断力、実行力などにおいて、欧米の個人主義社会の「個人」と何ら変るところがない人もいる。しかし、時には「長」になっていても、欧米人のスタンダードからすれば、なぜこのような無能な人が長になっているのか、理解に苦しむような場合もある。
日本人が個人の能力において、欧米の個人と何ら変りないことがあるとしても、その人が配慮すべきことには欧米人と異なったことが含まれている。つまり、自分の所属する「イエ」の秩序を守るための細かい配慮が必要なときがある。しかし、日本の「イエ」の長の方が、欧米の集団の長より、はるかに「勝手気まま」ができるという面があるのも否めないであろう。
日本人がだんだんと「個人」中心に考えながらも「疑似イエ」によってその支えとしたことは次のような結果をもたらした。まず第一に、それは創造性の高い人の能力を伸ばすことに妨害的にはたらいた。どのような時代、文化であれ創造的な人は、その周囲とある程度の摩擦を起こし、そのために苦労するが、「イエ」の秩序の維持という力は相当に強く、どうしても創造的な人の「足を引っぱる」ことになるし、極端なときは「イエ」から出て行かざるを得なくなる。創造的な日本人の多くが海外流出する現象がそれを示している。次に「イエ」秩序の保持ということが、個人を中心とする考えに歯止めをかけ、エゴイズムになるのを防止する役割を果たしてきた。これは、キリスト教倫理とは異なるが、ともかく、極端なエゴイズムを制してきたことは事実である。
欧米の「個人主義」の影響が徐々に強くなるにつれて、日本人も「疑似イエ」による規制をうとましく感じはじめた。加えて、「疑似イエ」として頼りにしていた会社も、経済事情が悪くなるとリストラをはかるなどして、絶対的なものでないことが実感されはじめた。このために、「個人」を中心にものごとを考えようとする傾向が、最近になってますます強くなってきた。しかし、それはキリスト教倫理観によって規制されていないため、極端に利己的な行動をする人を生み出すことになってきた。
政治家、官僚、企業人の非倫理的な行動を嘆く日本人は多い。なかには「世間様」がいなくなったために、日本人が悪に走ると指摘した人もある。しかし、「世間様」の目を保存しつつ、日本人が個人主義になる道があるのだろうか。日本人に今更、昔の「イエ」の体制に返れ、と言っても無理なのではなかろうか。
4. 「無我」の伝統
日本に個人主義を取り入れることは、前述のように多くの難しい課題を日本人に課すことになる。これを考えるために、もう一度日本の古い考えに戻っ