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キリスト教国において、神の力が強い間は、すべてのことが神の意志によって生じるのだから、人間が個人として自分の意志や欲望を尊重するようなことは、むしろ低く評価されたと思われる。今日では肯定的な感じを受けるcommitmentという言葉にしろ、かつては、commit a crime,commit a sin,commit suicideなどと否定的に使われることが多かった。

近代になって、人間が自立して自ら責任を負う強力な「自我」を確立することに高い価値がおかれることになった。しかし、その強力な自我も、キリスト教の神という支えがなければ弱いものであることを忘れてはならない。人間は既に述べたように、何らかの意味で己を支える存在を確信していなくては、不安に陥る。強力な自我がいかに多くのことを成し遂げたとしても、死によってすべてが無になると考えると、空しくなる。やはり、死んだ後に復活し、神の審判を受け、生前に成し遂げたことによって天国に召されると考えてこそ、その永続性が保証される。

このようなことを言うと、欧米の現代人に馬鹿にされるかも知れない。そんな復活とか審判などとは関係なく、ともかく自我を確立していくのだが、そこには当然、個人の責任ということが関係してくるし、他の人々とどのような関係をもつかということも大切になってくる。現在の欧米人は、一回限りの復活や最後の審判などをそれほど信じていない、と言われそうである。

文化というものは不思議なもので、そのなかにいて見ているのと、外から見ているのとでは大分異なって見える。私は欧米の知人から、「日本人は輪廻転生を信じているから羨ましい」と言われたことが何度かある。「現代の日本人は輪廻転生など信じていません」と私は答えたが、日本人の多くの人の行動を見ていると、輪廻を信じているとしか思えないと彼らは言う。それは「日本人は特定の神を信じているとは思えないのに、あまりにも落ち着いて死を迎える人が多いからだ」と言われると、私自身もそうなのかなあと思う。つまり、死を絶対的な終りと思っていないので、あれほど落ち着いて死ぬのだろう、と言うのである。このように言われてみると、現代の日本人で「輪廻転生を信じているか」と問われて、「信じている」と明確に答える人は少ないにしても、そのような文化的伝統は日本人を支えるものとして今も存続している、とも考えられる。

キリスト教文化圏においても、「一回限りの復活、最後の審判を信じますか」と尋ねたとき、「信じる」と答える人がどれほどいるのか、私にはわからないが、おそらく半数を割るのではなかろうか。しかし、そのような伝統は、キリスト教文化圏の人々の生き方を支えていると考えられる。

個人主義をエゴイズムにさせないためには、キリスト教のもつ倫理性が大いに役立っている。強い自我は、キリスト教の唯一の神によって支えられている。日本人でこのことを理解していない人はいまだに多い。今年の正月に、「不倫」に関する日米の調査が新聞紙上に発表されていた。それによると、不倫を悪として排除する傾向はアメリカに相当に強く、日本人はむしろ肯定する傾向が強い。この結果を見て驚き、「アメリカはもっと自由なのかと思っていた」と言う日本人が、私の周囲にも大分いた。

キリスト教文化圏における大きい課題は、唯一の神による支えがだんだんと弱くなってくることのように思われる。現代人に大いに役立っている科学・技術もキリスト教を母胎として生まれてきたものと、私は考えている。ところが、自然科学の知識が爆発的に増大するにつれて、それは聖書の事実と矛盾するように思われることも生じてきた。もちろん、そんなことにかかわりなくキリスト教の信仰を貫く人たちもいるし、宗教と科学の折合いをつけるために苦心している人もいる。これらも決して無視できないが、他方、キリスト教を信じられない人が、キリスト教文化圏においても増えてきたのも事実である。

個人を中心として考えつつ、キリスト教による倫理観を無くした人たちは、相当な悪を犯しやすいということが予想される。アメリカと日本の犯罪の率やその凶悪さなどを比較すると、はるかにアメリカの方が高い。おそらく、日本は先進国のなかでも、一番安全性の高い国と言えるであろう。最近はオウム真理教の事件や神戸の少年による殺人事件なども生じたが、それにしてもなお日本の安全性は高いと言えるだろう。

 

3. 個人主義の輸入

既に述べたように、日本は開国と共に欧米の文明を取り入れようとしたが、その際、「和魂洋才」ということを考えた。個人主義はエゴイズムと同様のことと受けとめられ、それよりは日本の「家族主義」の方が優れていると考えた。そして、日本全体を「イエ」とするような天皇を中心とする考え方によって

 

 

 

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