日本財団 図書館


うのは、西洋諸国では個性の種子が蒔かれるにせよ破壊されるにせよ、その場となるのは学校や大学だからである。

日本の将来を展望するにあたって、私は三つの問題に触れておきたい。第一は入学試験である。それは学校と大学の間にある不幸な無人地帯である。私は受験が若者に及ぼす心理的影響について論議する立場にはない。それは確かに競争本能を刺激するだろう。しかし全国的な試験にいかなる特質をもたせるかは、繰り返し繰り返し検討してみなければならない。英国の教育メソッドと試験制度の強みは、それが受験者の短文ライティング能力や、自分の意見を表現する能力を試すという点にある。これは教育的に貴重であるばかりでなく、社会的にも政治的にも貴重である。試験のねらいが民主国家で開明的な意見を形成することにあるとすれば、討論や議論、見解のプレゼンテーションが当然なされなければならない。

最近読んだ本にあったことだが、吉田茂は子供たちに、食事のときに黙って坐っていてはいけない、自分の考え方をもち、それを大人の前で恐れずに表明しなさいと要求したという。政治は歴史に近い。政治的見解をもつには歴史の知識がなければならない。歴史は意見形成の教科であるが、一部の国では危険なものとみなされており、そのために教科として疎かにされている。日本が国家計画でこの問題に取り組んでいるかどうか、私は知らない。しかし、日本の学校教育はこれまで技術的教科を専門にする傾向があったが、これからは歴史のような「危険な」教科にもっと時間を割くようになるかもしれない。

第二に指摘したいのは、日本が社会における女性を個として承認し、その自己表現を奨励するにはいたっていないことである。現在では女性が法律、医学、学問などの分野でキャリアを積んでいるが、政界ではまだ少数にとどまっている。だがこれに関しては皮肉な状況もある。家庭内の教育に関する決定は通常は主婦、すなわち教育ママに委ねられているからである。

第三には、日本は比較的均質な社会だから、もっと少数派(マイノリティー)の個を認める努力をしてもよいと思われる。英国のような多人種国家では、社会のなかのすべての階級や集団が平等の人権を確保できるようにするため、人種平等委員会を設けることが必要になる。これはオランダやフランスのようなポスト植民地社会にもあてはまる。日本の場合は、帝国の終焉に際しての特殊な事情のために、この問題に取り組むことを迫られずにすみ、いまなお広範な均質さを維持している。日本は大体において

 

 

 

前ページ   目次へ   次ページ

 






日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION