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り方には批判的だった。戦前の画一性とは対照的に、戦後は多様化への願望が強まった。日本の社会がずっと複雑になり、当然ながらずっと大きくなったため、また三〇年代に比べて遥かに工業化した社会になったため、このような比較が完全とはいえないことはもちろんである。

戦前の日本人は丸ごと洗脳されていたという想定で、連合国の占領軍は何よりも個人主義の奨励に努め、占領後の政府もその路線を踏襲した、というふうに考える向きもあるかもしれない。だが冷戦への考慮もあって、これは最優先事項とはならなかった。官僚機構は日本国民の生活様式を支配し、多くの決定権を国民の手から奪ったという意味において、個人主義を脅かす脅威の一つだったが、これが占領軍の下であまり大きな影響を受けなかった数少ない制度の一つでもあった、という見方があるが、私もこれに同感である。事実、経済関係省庁の地位はむしろ強化された。日本が一九五二年に主権を回復すると間もなく、当時の保守政府は中央集権化を強化する措置をとった。このため戦時中の統制はかなりの程度まで存続し、日本経済の再興に大きな成果を発揮した。官僚主義的態度や過度の管理に対する批判が再び表面化し始めたのは、輸出産業が戦前の力を回復してからのことである。

この状況は政府だけでなく企業にも広がっているようだ。ロンドンで六年間過ごした後、東京本社に戻ることになった、ある日本の銀行家は次のように語った。

「帰国したら、一つの決定を行うのに際限なく議論を重ねることになるだろう。それに比べてロンドンでは、より大きな権限が与えられており、率先して行える部分が多く、ものごとを即座に解決できた。自分一人で解決することもしばしばだった。日本では余りにも多くの人が意思決定のプロセスに関わってくる。同じような決定をする場合、米国の銀行だったら、相談する相手の数はずっと少ないだろう。日本では個人をまったく信用していない」

もちろん、たいがいの国の外地勤務ビジネスマンは、本国にいる時よりも、意思決定に際して大幅なイニシアチブを与えられているだろう。だがこの話は、日本企業のヒエラルキーもまた、個人のイニシアチブを弱めるのだということを示している。根回し、すなわち集団協議の伝統は個を抑制する。コンセンサスによって行われた決定は、個人による決定よりも永続性があるという論拠があることは知っている。だが、それに反して、企業のようにスピードが鍵を握る競争的環境においては、意思決定が遅れれば自滅につながることになる。日本ではワンマン組織はまれで、主として新興企業や中小企業にみられるだけである。

八〇〜九〇年代になると、新しい個人主義的ビジョンをもつビジネスマンや政治家が自己主張を始め、戦前から受け継がれてきた官僚主義的ビジョンの優位性を攻撃するようになった。今や、民間企業と公務員の間のコンセンサスは崩れ去り、政治家が官僚の権限剣剥を誇る時代である。橋本首相の行政改革は官僚制、とくに大蔵省を真っ向から攻撃しようとするもののように見受けられる。だがその半面、私のみるところ、日本社会を極端に個人主義的なもの、完全に自由市場経済を基礎としたものに変えてしまうことには、抵抗があるようだ。

 

戦後の教育

個人主義の問題の根底にある学校や大学においては、事態は改善されたとはいえ、戦いは続いている。占領当局は戦前の中央集権的教育制度を廃止し、米国のモデルに基づく地方分権的な制度を導入したいと考えた。しかし、彼らは同時に、教育分野における軍国主義および国家主義的な残滓をも一掃したかった。このため、学校を地方自治体の手に委ねる一方で、教科書を徹底チェックし、教員を追放し、カリキュラムを調整することが必要になった。一九四七年の教育基本法は「心身ともに健康な国民の育成」の必要、生徒の人格形成、教育スタッフの学問の自由をうたっている。

戦後の改革は文部省の権限を縮小しようとするものだった。しかし、一九五二年の独立の後、都道府県および日教組との闘争で文部省は傷つきはしたものの、屈服することなく復活を遂げた。基本的な対立点の一つは「道徳教育」をめぐる問題だった。教育当局はその力を主張した。文部省はその権威と規制権限をもって、画一的な、そして確かに平等主義的な教育制度を再び確立する作業にとりかかったのである。道徳教育も再びカリキュラムに組み込まれた。ただし、天皇への忠誠はもはや要求されなかった。カリキュラムは文部省の指導要領に沿ったものでなければならず、教科書は認可が必要になった。改められた制度は多様性と個性を欠くものだったが、 一九五〇〜六〇年代には、驚異的な経済復興途上の日本に、柔軟で適応力のある教育程度の高い労働力を提供したのはこの教育制度だったと盛んに喧

 

 

 

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