さらに,治療効果の判定には医師の判断ではなく,あえて母親の印象に基づく症状の,点数化を採用した。これは対象がセルフ・リミットな疾患であり再診する者が少ないこと,症状が短期間で変化すること,子供の受診決定は保護者の判断に委ねられており,身近にいる母親が毎日の状態を最もよく把握していると考えたからである。
2) 調査結果について
本調査により,われわれが最も頻繁に遭遇する疾患である上気道炎の多くは,抗生剤の有無にかかわらず短期間で改善することが示された。こうした結果は欧米での報告とも一致している7〜9)。しかし,このうち対症療法群であった49名中4名(8.2%)が肺炎,扁桃炎,中耳炎のために細菌感染の合併を疑われ抗生剤投与を余儀なくされ,抗生剤投与群でも(電話確認)中耳炎の合併が1名にみられたことは留意しなければならない。ただ,これらは検討に影響を及ぼすような頻度ではなく,先の4名も当院での治療により改善し,後の中耳炎例も耳鼻科への受診により治癒していた。このことは,抗生剤をむやみに投与するよりはむしろ病状の変化に合わせて治療を選択する方法を指示する結果と考えられる。一方,8.2%の合併症を恐れてあらかじめ抗生剤を投与する方法も1つの手段であるが,次に示すようなさまざまな副作用や,抗生剤を必要としない患者への医療費負担の問題も考慮しなければならないであろう。
3) 副作用について
経過中にみられたある種の症状を薬剤の副作用かどうか判断するのは難しい。本調査では,あえて下痢,発疹,嘔吐を薬剤による副作用と定義した7)。これらの症状は日常診療でしばしば経験する薬剤関与の症状である。しかし,これらはウイルス感染にも併発する症状であるため,検討では治療後に出現したもののみを対象とした。その結果,同症状は抗生剤投与群において対症療法群の4倍の高頻度でみられた。
4. 結語
上気道炎患者96名を対象として抗生剤投与による症状の経過に与える影響について調査した。
1) 抗生剤投与群は,対症療法のみの群と比較して母親の判断による経過中の症状,点数に有意な差異はみられなかった。
2) 対症療法群の8.2%に経過中抗生剤投与を余儀なくされた。
3) 重回帰分析では,年齢のみが症状点数の経過に影響を与えた。
4) 治療後の下痢,発疹,嘔吐は,抗生剤投与群で53%,対症療法群で13%にみられた。
以上から,本調査で定義されたような上気道炎に対しては,抗生剤投与は慎重に行うべきと考えられる。
稿を終えるにあたり,ご校閲いただきました自治医科大学地域医学教室:飯島克巳先生に深謝いたします。
本論文の要旨は,第18回日本プライマリ・ケア学会(1995年6月4日,熊本市)において報告した。
文献
1) 川本龍一:地域における日常病に関する研究.月刊地域医学,6:899-905,1992.
2) de Melker,R.A.:Management of upper respiratory tract infection in Dutch general practice.Br.J.Gen.Pract.,41:504-507,1991.
3) 川本龍一,佐々木将人,飯島克巳ほか:診療所勤務医師の上気道炎に対する診療行為に関する研究.日PC誌,17:44-48,1994.
4) Stephenson,M.J.,Henry,N.&Norman,G. R.:Factors influencing antibiotics use in acute respiratory tract infections in family practice.Can. Fam. Physician, 34:2149―2152, 1988.
5) 川本龍一:小児急性気道感染症における保護者の診療に対する期待に関する研究.日PC誌,17:222-227, 1994.
6) Howie, J.G.R.: Clinical judgment and antibiotics use in general practice.Br.Med.J.,2:1061-1064,1976.
7) Taylor,B.,Abbott,G.D.,Kerr,M.Mck.,et al.: Amoxycillin and co-trimoxazole inpresumed viral respiratory infections of children:placebo-controlled trial.Br.Med.J.,2:552--554, 1977.
8) Gordon,M.,Lovell,S.&Dugdale,A.E.:The value of antibiotics in Ininor respiratory illness in children.Med.J.Aust., 1:304―306, 1974.
9) Stott,N.C.H.&West,R.R.:Randomised controlled trial of antibiotics in patients with cough and purulent sputum.Br. Med.J., 2:556--559, 1976.
10) 加地正郎:かぜ症候群.田村昌士編,臨床薬物治療大系 12 呼吸器疾患,情報開発研究所,(1987),p.240.
(町立野村病院 〒797-1212 愛媛県東宇和郡野村町大字野村9-53)