小児上気道炎における抗生剤の評価
―プライマリ・ケアの立場から―
愛媛県・町立野村病院
川本 龍一
要旨
小児上気道炎における抗生剤投与の有効性について,外来診療中で母親の協力のもと調査を行った。対象は平成7年1月20日から2月20日までの間に母親同伴で受診した12歳以下の一連の上気道炎患者である。調査協力の得られた患者に対して受診順に,奇数番には抗生剤投与(原則としてABPC30mg/kg/day,それが使えない例にはMOM30mg/kg/day)と対症療法(鎮咳去痰剤)群,偶数番には対症療法のみの2群に分け,母親には各症状についての経過を記載するよう依頼した。受診時協力の得られた177名中100名(56.5%)から回答を得た。そのうち検討可能であった96名中,抗生剤投与群は49名,対症療法群は47名であり,両群の背景因子に差異はなかった。各治療法と受診後の症状点数の推移では両群間に差異はなく,一方投与後の下痢・嘔吐は抗生剤投与群で有意に多かった。以上より,上気道炎に対しては抗生剤投与は慎重に行うべきであろう。
はじめに
上気道炎は,プライマリ・ケアの日常診療において遭遇する最も頻度の高い疾患であり1),慎重に取り扱うべき対象である。しかしながら治療の選択に際しては,確かな理由付けを持たないまま安易に抗生剤投与を含むある種の治療法が選択されており2),事実,その原因とは関係なく,医師側の要因として医療機関における勤務体制や卒後年数2,3),患者側の要因として年齢やある種の症状の有無4〜6)が,影響することが指摘されている。これは上気道炎の原因決定が難しく,治療は臨床的あるいは疫学的背景に基づき行わざるをえないなど,その選択に明確な裏付けが不足しているためと考えられる。欧米ではそれらを明らかにすべく既に多くの検討がなされ7-9),診療に生かされている2)。一方本邦においてはそうした報告は少なく,いまだ混乱しているのが現状であろう。
そこで本研究では,上気道炎における抗生剤投与の評価について,外来診療の中で母親の協力のもと,小児を対象として調査を行ったので報告する。
1. 対象と方法
対象は,町立野村病院小児科を平成7年1月20日から2月20日までの間に母親同伴で受診した12歳以下の一連の上気道炎患者である。
本調査における上気道炎の定義は,鼻水,咽頭痛,咳,痰といった上気道症状および発熱,頭痛,食欲不振などの全身症状を呈し,咽頭所見はきれいなピンク色までの軽度発赤であり,胸部には異常を認めない状態とした。咽頭の発赤が汚いあるいは赤黒い,口蓋扁桃の発赤や腫脹が著明であるなど明らかに細菌感染を疑わせる状態や,その他表1に示す状態はあらかじめ対象から除外した。