地域医療における急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の治療例の検討
―サーファクタント補充療法が奏功した4例―
北海道・旭川医科大学 第三内科 西野徳之・大西浩平(前任地 利尻島国保中央病院)・高後 裕
北海道・市立札幌病院 外科 青木貴徳(前任地 利尻島国保中央病院)
北海道・市立士別病院 内科 棚澤 哲・森本 寛
北海道・利尻島国保中央病院 竹原有史・小松英樹・上田拓実・和久勝明
要旨
利尻島および士別市という地域医療の第一線の病院で重症急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome,以下ARDS)に対し集中治療管理に加えサーファクタント(Surfactant-TA,以下S-TA)補充療法により治療した症例を4例経験した。
原因は2例は切迫溺水(淡水の多量誤嚥による切迫溺と海水の溺水), 1例は肝不全に併発した肺水腫に伴う肺炎, 1例は汎発性腹膜炎に伴うショック肺による肺炎であった。いずれも重症の肺炎であったが4例とも改善した。転帰は溺水の2例は軽快退院したが,肝不全症例と汎発性腹膜炎症例はその後原疾患の増悪にともなう多臓器不全のため死亡した。
S-TA補充療法は新生児呼吸窮迫症例群ではすでにその有効性が認められているが,最近ではARDSでも原因の如何を問わずその有用性が報告されており,我々もこれを確認した。
また地域医療においても人工呼吸器にて治療中の重症患者を上位医療機関へ搬送することは現実的には困難であり,集中治療で治療困難なARDS症例に対してS-TA補充療法は容易で安全であり,家族へのインフォームドコンセントが行われた上で検討されてよい治療法と考える。
Key words:
(1)Surfactant(2)Surfactant Replacement Therapy(SRT)
(3)Acute Respiratory Distress Syndrome(ARDS)
(4)Computed Tomography
緒言
サーファクタント(Surfactant.TA,以下S-TA)補充療法は新生児呼吸窮迫症候群(respiratory distress syndrome,以下RDS)ではすでに確立した理論的治療方法(1)であり,その有効性も客観的に評価されている(2)(3)。これに対し急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome,以下ARDS)は多種多様の病態の総称であるため,ARDSに対するS-TA補充療法はRDSのような投与効果の理論的根拠やその投与量はいまだ確立されてはいない。しかし最近は多くの治療例も報告されるようになり,その基礎的ならびに臨床的研究も盛んに行われている(4)
すでに我々は離島におけるARDSのS-TA補充療法の救命例を報告(5)したが,今回は地域医療において情報交換による診療連携の上で治療できた例を含め,その後経験した3例を加えた4例について治療の適応と有用性につき考察したので報告する。
<症例1.>63歳女性,利尻島在住。