表5に「パニック発作」の診断基準を示す。表中に列挙されている症状13項目中,10項目が「チヤマイ」と共通していることが分かる。
パニック障害に対しては,通常,三環系抗うつ薬や抗不安薬,ことにアルプラゾラム(コンスタン(R),ソラナックス(R))が効果的であり5),認知行動療法も効果を示すとされている6)。すでに指摘したように「チヤマイ」はパニック障害に類似しており,こうした治療法も「チヤマイ」に奏功する可能性があり,今後の「チヤマイ」の治療法について一つの指針となるであろう。
B. 「チヤマイ」の疫学的検討
今回の調査では,「チヤマイ」の有病率は15%であった。青木ら7)によれば。DSM-?V-R8)の診断基準を完全に満たさないが,少なくとも1回のパニック発作を有する人の一般人口中での出現率は3.4%であったという。なおDSM-IV4)の記載によると,パニック障害の年間有病率は1〜2%,生涯有病率は1.5〜3.5%である。今回の調査における「チヤマイ」の有病率15%はこれらの結果と比較しても著しく高く,疫学的にも注目すべきことと思われる。
最後に,「チヤマイ」の予後について触れる。今回の調査で「チヤマイ」とされた9人のうち,6人(67%)が調査時点で無症状と回答したが,このうちの2人には引き続き何らかの回避行動が見られ,最終的に予後良好とされたのは9人中4人(44%)となる。パニック障害の予後については,竹内ら9)は予後良好な割合が35%と報告しており,両者には大異はないものと思われる。
C. 成因について
「チヤマイ」は,上記のように高い有病率のために,生計の少なからぬ部分を海女漁に依存している島民達の生活にも大きな影響を与えかねないことから,この疾患の成因を詳細に検討する必要があると思われる。前述したように,他の地域と比較して舳倉島の海女作業は作業強度が極めて強く,それが「チヤマイ」の発生要因になっている可能性が高いと推測される。今後,他の地域の海女の不安障害の発生状況について調査し,比較検討することは,「チヤマイ」の理解を深める上で意義があることと考えられ,これは著者らに残された今後の重要な課題である。
また,最近,不安障害の中で特にパニック障害においては生物学的要因に注目が集まっている。乳酸塩や二酸化炭素吸入によるパニック発作の誘発試験10),11),僧房弁逸脱症候群とのパニック発作との関連12)など多数の報告がなされており,先天的,あるいは後天的な生物学的脆弱性に心理社会的なストレスが加わって,パニック障害などの不安障害が引き起こされるものと考えられている13)。
著者らが報告した「チヤマイ」についても,生物学的アプローチに加え,比較文化的,あるいは産業医学的アプローチなど種々の角度から検討を加え,「チヤマイ」の本態を明らかにしていく必要がある。これらによって,「チヤマイ」の本質的な治療法や予防法の開発が促され,海女を含めた島民の生活の質の向上に寄与するものと考える。
VI まとめ
石川県能登半島沖の離島である舳倉島における「チヤマイ」について,その臨床像を明らかにするため,島民を対象に聞き取り調査を行うとともに,著者らが直接診療した「チヤマイ」の2症例を紹介して,「チヤマイ」の臨床像について以下の結果を得た。