D. 「チヤマイ」に対する対処行動
「医療機関受診」とする回答が,9人中6人(67%)で最も多く,残り3人は「放置あるいは我慢」と回答した。
E. 「チヤマイ」の予後
調査時点においても「チヤマイ」の症状が持続していると回答したものは3人(33%)であり,平均罹病期間は26年であった。症状が生じる頻度は1ヶ月に1回のものが2人,半年に1回のものが1人であった。また,2人は調査時点においても医療機関から抗不安楽が投与されており,残り1人も市販薬を服用していた。
調査時点で「チヤマイ」の症状はないと回答した6人うちの2人は作業中深く潜水することを避けたり,潜水作業前に抗不安楽を服用するなどの対処行動が認められた。すなわち,9人中5人(56%)が「チヤマイ」のために何らかの作業制限や対処行動を残していることになる。また,調査時に「チヤマイ」のために潜水作業が不能になった海女について少なからず存在することを仄聞したが,診療所においてもこのような海女に出会うことはなかった。
IV 症例
1975年4月から1996年3月までの21年間の診療録を調査検討した結果,16人の「チヤマイ」と思われる症例が見い出された。この中から,著者らが直接診療し,病歴の比較的詳細な2症例を提示する。
<症例1>女性,発症時37歳
既往歴:34歳時,不眠により1年間ニトラゼパム(ネルポン?)を服用。
家族歴:特記すべきものなし
現病歴:37歳時,海女作業中に溺れかけたが,大事には至らず,当初は身体的な自覚症状も認めなかった。4日後,海女作業中に,胸が冷たくなると訴えて診療所を受診した。身体的に異常所見を認めず,心臓神経症としてクロルジアゼポキサイド(コントール?)15mg/日が投与された。この12日後,就寝中に胸がひやひやする,夜独りで居ると居ても立ってもいられないと訴え,夜間に受診したがジアゼパム(セルシン?)10mgの静注にて自覚症状は改善した。以後はジアゼパム6mg/日の内服としたが,自覚症状の訴えなく,作業にも支障は出なかった。内服開始後1ヶ月後から,ジアゼパム6mg/日では不安感が消えず,作業にも差し支えがあるとの訴えが出現し,エチゾラム(デパス?)1,5mg/日に変更した。その後は毎年海女作業で来島しているが自覚症状はなく,服薬も不要となり順調に経過している。
〈症例2〉女性,発症時64歳
既往歴:胃潰瘍
家族歴:特記すべきものなし
現病歴:64歳時の7月,就寝中に10分程度持続する動悸を自覚。夜間に診療所受診。受診時には動悸は軽快しており,心電図,胸部レントゲン写真上も異常所見を認めなかった。しかし,動悸に対して不安感が強くあり,クロルジアゼポキサイド頓用を処方したところ不安感は軽快した。翌年8月(65歳時),潜水作業中に回転性の眩畳を自覚し診療所受診。身体所見,胸部レントゲン写真,心電図上は異常を認めなかったが,クロルジアゼポキサイドの投薬を希望したため,頓用にて処方した。その後は,「就寝中に恐い夢を見ると動悸が起こって目覚めるので」という理由で就寝前に同薬を内服する習慣がついた。発症から2年後の海女漁のシーズンからは,潜っているときに動悸が起こるのを回避するために仕事前に同薬を1錠服用し,昼の休憩後にさらに1錠服用するという習慣がついた。発症4年後からは同薬を1日3回服用しないと気が済まないようになり,発症後12年後においてはクロルジアゼポキサイドを一日量で15mgを毎日服用している。本人は,潜水中と就寝中の動悸を回避するためにはそれだけの量が必要と考えている。
V 考察
A. 「チヤマイ」の診断学的位置付け
「チヤマイ」はパニック様の症状とそれに対する予期不安のため,職業生活が著しく損なわれることによって特徴付けられる疾患である。大多数の症例で身体的には特に異常を認めないこと,及び,大多数の症例で抗不安楽が奏功する事実から,精神疾患の中でも殊に不安障害の一型として分類される。米国精神医学会による精神障害の診断,統計マニュアル第4版(DSM,IV)4)によると,「チヤマイ」は不安障害の中のパニック障害に類似していた。パニック障害とは,繰り返し生じるパニック発作と発作に対する予期不安によって特徴づけられる疾患であり、かつては心臓神経症や不安神経症などと診断されていた疾患と同一である。