喫茶店で勉強したことも、今となっては懐かしい。店の人も、コーヒー一杯でねばられて、しかも、うら若き乙女(まだそのつもり。)が何やらグロテスクな本を机一杯広げているとあっては、さぞや迷惑だったに違いない。
解剖学実習全体を通して得た大きなことの一つは何より精神的なタフだと思う。解剖を始める前は、人体を切ったり穴を開けたりするという、一般から見たらやはり、″こわい″″気持ち悪い″と思えることになれていかなければならないことに抵抗があった。そういうことに対して、自分の感覚が麻痺していくのだろうかと思い、悩んだこともあった。しかし解剖を終えてみて思うのは、感覚が麻痺するのではなく、そういうことに対して精神的に免疫がつく、という方があっている、ということである。医者は、いろいろな困難や予想外の事態に直面することがあるだろう。そんなとき自若として適切な処置がとれるのがプロの医者というものである。私的な場面では多感は美徳であることもあるが、医者という立場においては不必要に情を動かしてしまうことがかえって悲劇を生むこともあるだろう。しかしだからといって医者は麻痺した感覚を持ってはいけないと思う。一般の人が恐いと思うことを恐いと思い、気持ち悪いと感じることを気持ち悪いと感じる。精神的な免疫力みたいなものが、私はすごくほしいと思っている。今回の解剖学実習は、人体についての様々な知識が得られたと同時に、そういった意味でも非常に貴重な体験であったと